2026年6月米国とイランは戦闘終結とホルムズ海峡の再開に向けた暫定和平合意に達しましたが最終合意に向けた協議は紆余曲折が予想されています。今回の戦争はオバマ政権が2015年に結んだイランとの核合意をトランプ大統領が「欠陥だらけで悲惨なディール」と断じて2018年に一方的に離脱した事に端を発します。核合意離脱には安全保障上の理由もありましたがオバマの政治的レガシーを否定したいという思いも背景にあったと言われています。"反オバマ"を原動力に2016年の大統領選を勝ち上がったトランプは大統領に就くとオバマのレガシーを破壊する事を目的にTPP(環太平洋経済連携協定)と温暖化対策のパリ協定からの離脱を表明しました。3番目のレガシー破壊がイラン核合意離脱だったのです。
実はトランプがオバマに最も屈辱を味わわされた夜があります。その屈辱が2016年の大統領選出馬そしてイラン核合意離脱等のオバマのレガシー破壊に繋がったと言われています。今回はトランプのオバマに対する私怨が決定的となったと言われる2011年4月のホワイトハウス記者会主催晩餐会についてお話ししたいと思います。
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ホワイトハウス記者会主催晩餐会は1921年に始まり1924年に初めて現職大統領が出席して以来歴代大統領が出席してきました。各界の有名人やマスコミ関係者が参加しテレビ中継もされるワシントンで恒例の華やかな式典の一つです。歴代の大統領は恒例のスピーチで社会問題や自らが批判に晒されている政治状況、記者との微妙な関係等を毒舌やジョークを交えながら会場を沸かせてきました。
トランプ大統領は1期目4年間は全て欠席し2期目の2年目となる2026年に初めて出席しました。2011年4月の晩餐会のトラウマが原因と思われます。その年に晩餐会に招待されていたトランプはオバマの毒舌と聴衆の笑い声にサンドバッグのようにめった打ちにされたのです。
さて晩餐会におけるオバマのスピーチについてお話しする前にオバマがトランプを毒舌で攻撃する事となった背景についてお話しします。それは「オバマは出生時にアメリカ合衆国の国籍を有しておらずアメリカ合衆国憲法第2条が定める"出生による合衆国市民"に該当しないのでアメリカ合衆国大統領たる資格がない」とする陰謀論でした。
オバマは1961年8月4日にホノルルで生まれました。ところが2008年3月初旬から「オバマはケニアで生まれてから飛行機でハワイに来た」という噂が保守系のウェブサイトで広がりました。2008年6月オバマ陣営は"Fight The Smears(中傷と闘う)"というウェブサイトを立ち上げそこにオバマの出生証明書の画像を投稿して噂に対抗しハワイ州保健局が原本に基づいて内容を確認したとする声明を発表しても陰謀論は残り続けました。
出生証明書がハワイ州で一元管理されている電子データから作成されたもので一部が手書きで一部がタイプ入力された出生証明書ではなかったので陰謀論者は「出生証明書は偽造されたものだ」と主張したのです。
2012年の大統領選に打って出ようとしていたトランプが選挙戦に斬り込む為の切り札としたのがこの陰謀論でした。右派がネット上で展開していた陰謀論をトランプが探り当て全国ネットのテレビに出演して喧伝する事で全米に知れ渡りました。トランプはオバマの出生地に関する陰謀論の発信源となる事で大統領選の事前調査で支持率を高めます。これを踏み台に共和党から正式に大統領選への出馬表明をしようと目論んだのでした。
上院議員になる前のJDヴァンスは2017年の東洋経済への寄稿で「白人労働者階級(ヒルビリー)の多くは未だにオバマが外国人のイスラム教徒だと信じている」と言います。ヴァンスは「オバマの美しいアクセント・完璧すぎる学歴・米国の能力主義に基づく立身出世等はヒルビリーの心の奥底にある不安を刺激した」と表現しました。当時の彼にはトランプを擁護する意図は無かったと思いますが反オバマに傾くヒルビリーの心情を良く分かっていたのでしょうね。
トランプは2011年4月27日に大統領選緒戦の重要州であるニューハンプシャー州までヘリコプターで飛び重要な発表があると言って記者団を集めました。ホワイトハウスはトランプがヘリコプターでニューハンプシャー州に向かったタイミングを見計らって一部が手書きで一部がタイプ入力されたオバマの出生証明書原本のコピーをメディアに公表しました。オバマの依頼を受けたハワイ州保健局が特別な対応として保管されている原本の公認コピーを発行したのです。
そしてトランプがニューハンプシャー州の記者会見用のマイクの前に立つ直前にオバマ自身がホワイトハウスの記者団の前で「実際に私は1961年8月4日ハワイのカピオラニ産婦人科病院で生まれた」と話しました。
オバマに出し抜かれた格好のトランプは集まった記者団に対し「オバマはもっと早く出生証明書原本のコピーを公表するべきだった」と負け惜しみを言いその後「2012年の大統領選には出馬しない」との声明文を発表します。
ホワイトハウス記者会主催晩餐会が開催されたのはこの3日後でした。
さてここからは晩餐会におけるオバマのスピーチの内容についてお話しします。スピーチに先立つオープニングのビデオにはハルク・ホーガンの入場テーマ曲「Real American」が使われました。会場のスクリーンに映し出された星条旗を破って出てきたのはオバマが公開したばかりの出生証明書でした。
その後もアメリカの紋章である白頭鷲やラシュモア山に彫刻された4人の大統領の顔、カウボーイの後ろ姿やアンクル・サム等の米国を連想させるイメージショットや原子力潜水艦、曲を演奏するリック・デリンジャーやハルク・ホーガンの他、1961年以降の時の流れを彷彿とさせるトランスフォーマー、ロッキー、ベスト・キッド、1984年ロサンゼルス五輪野球米国代表、マイケル・ジョーダン等のショットの間に出生証明書を挟み込みました。
オープニングビデオが終わるとオバマは「米国民の皆さん、マハロ!」と話し始めました。"マハロ"とはハワイ語で"ありがとう"の意味です。
オバマは「皆さんもご存知かもしれませんがハワイ州が私の正式な長文版出生証明書を公開しました」と続け「今夜はさらに一歩踏み込んで公式の出産ビデオを公開します」と言ってディズニーのアニメーション映画「ライオン・キング」の誕生したばかりのシンバがヒヒのラフィキに掲げられるオープニングシーンを流します。上映後にオバマは「振り出しに戻った」とジョークを発しました。
その後もオバマは立て続けに毒舌と自虐ネタのジョークを連発します。そして2012年の大統領選で共和党候補としてオバマと争う事になるミット・ロムニーについて「マサチューセッツ州知事時代にユニバーサルヘルスケアを導入したという悪質な噂が流れている」と言います。共和党穏健派のミット・ロムニーはマサチューセッツ州知事時代にユニバーサルヘルスケアを導入した実績があった為、オバマケアに反対する立場の共和党内から強い批判に晒されていました。
オバマは続けて「この噂の真相を突き止めるのにうってつけの人物ドナルド・トランプが今夜ここに居ます」と言います。
オバマは「私の出生証明書の問題に終止符を打つ事をドナルドほど喜んでいる人はいません」と言い「何故なら彼はようやく重要な問題に集中出来る様になるからです」と続け「例えば月面着陸は捏造だったのか?ロズウェルで実際に何が起こったのか?そしてビギーとトゥパックはどこにいるのか?」と言いました。
この3つは米国では有名な陰謀論です。一つ目はアポロ11号による月面着陸で1969年7月にNASAが配信した画像が実際にはハリウッドのスタジオで撮影されたものだというもので、
二つ目は1947年にニューメキシコ州ロズウェル近郊で米国陸軍航空軍の気球が墜落した事件で実はそれはUFOであったというもの、
三つ目は殺害されたアメリカ人ラッパーのビギーとトゥパックに関するもので、2件の殺人はレコード会社社長によって計画されロサンゼルス市警が隠蔽に協力したというものです。
次にオバマは「あなたの経歴や経験の幅広さについて私たちは皆承知しています」と言い、トランプがホストを務める人気TV番組「セレブリティ・アプレンティス」の最近のエピソードについて話し始めます。
オバマは「ステーキハウスでの男性料理チームの料理が審査員を満足させられなかったのは"リーダーシップの欠如"である事をあなたは見抜き、3人のメンバーのうちの一人をクビにしました。私なら夜も眠れなくなる様な重大な決断です。実に見事な采配でした」と言いました。2012年の大統領選への出馬を目指してオバマの出生地に関する陰謀論を広めていたトランプを踏まえて、会場にいる人々に「トランプにどんな大統領としての資質や経験があるか知っていますか?ただのバラエティ番組のクビ切り役ですよ」と言っている訳です。ステーキの焼き加減を巡るチームの失敗に関する決断を「これぞ大統領の私を夜も眠れなくさせるような決断(=国家の命運を分けるような外交・内政の危機)だ」と大袈裟に褒めちぎる事でトランプの"大物感"を徹底的にパロディ化したのです。
晩餐会の翌日の5月1日午後11時半過ぎにオバマはホワイトハウスでの記者会見でウサマ・ビンラディン殺害作戦の成功を発表しました。
「夜も眠れなくなる決断」とジョークを言っていた裏でオバマは本物の命懸けの国家最高機密作戦を決断・指示していた訳です。
オバマは「彼がホワイトハウスに何らかの変化をもたらす事は間違いないでしょう」と続け、スクリーンに「トランプ・ホワイトハウス・ホテル・カジノ・ゴルフコース」と文字を入れたホワイトハウスのイラストが映し出されました。
オバマはジョークのつもりだったのですがトランプは2025年に大宴会場建設の為にホワイトハウスのイーストウィングを取り壊しましたから、予言になってしまいましたね。
次にオバマは吃音に悩むジョージ6世を描いた映画「英国王のスピーチ」の続編と紹介して「大統領のスピーチ」の予告編を流します。英国王が必死に言葉を絞り出すスピーチの物語を大統領が自身の米国生まれを必死に証明しようと言葉を尽くすドタバタ劇にすり替えたものでした。この予告編上映後にオバマは真面目なテーマを幾つか話してスピーチを終えました。
さて今回の2011年4月のホワイトハウス記者会主催晩餐会のお話はここまでです。楽しんで頂けたでしょうか。トランプの姪で心理学者のメアリー・トランプは叔父のトランプを描いた著書「世界で最も危険な男」で「トランプの無謀な誇張癖や分不相応な自信の裏には病的な弱さと不安を隠しておりその為に笑われた事は何年経っても執念深く覚えている」と指摘しています。
晩餐会で恥辱を受けた事がトランプが2016年に大統領選に立候補する原動力となったと言われています。2012年11月共和党の大統領候補だったミット・ロムニーが現職大統領のオバマに敗れ去るのを見届けると、トランプはレーガンが1980年に選挙に用いた「米国を再び偉大な国に!Make America Great Again!」というスローガンを商標登録しました。
2011年4月30日のホワイトハウス記者会主催晩餐会の会場では皆が笑っていました。しかしその笑い声が後の米国政治そして世界情勢を大きく動かすとは誰も想像していなかったでしょう。それではまた。
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