今回は、ロシアの汚職(腐敗)についてお話ししたいと思います。
本稿の関連動画を以下にアップしています。良ければご参照下さい。
私が過去に駐在した5カ国の中で、インド、フィリピン、ロシアの3カ国は、汚職(腐敗)が多いという共通点があります。世界の汚職を監視する非政府組織(NGO)Transparency Internationalが調査・公表している直近の腐敗認識指数(Corruption Perceptions Index -CPI)では、インドは86位、フィリピンは115位、ロシアは129位となっています。
ナワリヌイ氏の言を待つまでも無く、ロシアにおいて最も巨額の収賄を行っているのはプーチンであろうと推察されます。
2014年のソチオリンピックに係る建設工事だけでも、数百億円がプーチンに渡ったと言われています。発展途上国はどこでもそうですが、ロシアでも、公共工事は政治家の利権の温床です。
公共工事のみならず、民間工事を含む全ての工事からカネを取っていたと言われているのが、モスクワ市長だったルシコフです。
ルシコフは1992年から2010年まで18年間モスクワ市長を務めました。その間、モスクワ市内で行われる全工事代金の5%が彼に支払われたという事です。
その受け皿となったのが、彼の妻エレーナ・バトゥーリナが社長を務める不動産デベロッパー会社インテコです。エレーナ・バトゥーリナは、フォーブスのロシア人長者番付では2010年に27位となり、世界の女性富豪ランキングでも3位に付けていました。
ルシコフはメドベージェフ大統領との対立から2010年に解任され、その後任にはプーチンと関係の深いソビャニンが就任します。この時に、それまでルシコフに流れていたカネが、一気にソビャニンに流れるようになったようです。
この変化がもっとも判り易かったのが、キオスクです。日本では駅構内にある売店の事をキオスクと言いますが、ロシアでは舗道上に設置されて、新聞、雑誌、タバコ、菓子、ソフトドリンク、ビールなどを販売しています。
ソビャニンは市長就任後、街の美観向上を目的として、全てのキオスクの撤去を宣言します。どうも、キオスク設置の際にルシコフに裏金が支払われていたようで、それを集金しなおす為に、そのような事を言い出したようです。その後、無事に集金出来たらしく、実際にはキオスクの撤去は行われませんでした。
さて、以前の投稿「東南アジアで最も民主的な国、フィリピン」でも触れましたが、東南アジアでは、警察と反社会的勢力がイコールなのは常識です。
ロシアの警察は、東南アジアの上を行っているかもしれません。ロシアにおいては、最強の反社会的勢力は警察です。数あるロシアンマフィアの最上位に君臨しています。
日本では暴力団が接客を伴う飲食店などから”みかじめ料”を徴収する事があります。ロシアでは警察が、全ての業種からみかじめ料を徴収しています。ソ連崩壊直後、某日系自動車メーカーがモスクワに出した直営ショールームにも、みかじめ料の請求があったそうです。先ほど説明したキオスクも、設置の際に市長に支払う裏金とは別に、定期的に警察にみかじめ料を支払う必要があります。
このみかじめ料の集金ですが、さすがに警官が直接集金する事はせず、別途集金係を使っていました。集金係はウズベキスタンなどから出稼ぎに来ている白タク運転手です。彼等は集金手数料ゼロで、集金をさせられます。彼等に不法就労などの弱みがあるのか、弱みはなくて単に脅かされているだけなのかは、良く判りません。
ちなみにロシアでは白タクは合法なので、モスクワの街中を走っているタクシーの大半は、タクシーらしく塗装してメーターを備えていても白タクです。
警官のもう一つの稼ぎの手段は、交通違反の取り締まりです。モスクワの道路は、場所によっては片側5車線以上の幅の広いところもあるのですが、殆ど車が無かったソ連時代にデザインされているため、お世辞にも効率が良いとは言えません。また、現在のモスクワの交通渋滞は世界最悪と言われています。
余談ですが、鳩山由紀夫元総理のご子息がモスクワ大学で都市交通を研究されていた時に、このモスクワの交通渋滞に関する論文を発表しました。この道路のデザインの欠陥と併せて、政府要人を乗せた公用車が通行する際に横切る道路の信号を全て赤にする事も、交通渋滞の原因の一つと分析していたのですが、論文発表後に父君の鳩山由紀夫元総理がモスクワを訪問した際、大渋滞で面談アポに遅れそうになった為に、空港から面談場所までパトカーが先導して、横切る道路の信号を全て赤にしたので、翌日の新聞にその事を皮肉った記事が載りました。
さて、この道路のデザインの欠陥の為に、街の中には交通違反が頻発する場所が多くあります。警官は、そう言った場所で待ちかまえて、捕まえた運転手に現金を請求する訳です。これらの交通違反が頻発する場所に立つ為には、警官は警察署長にショバ代を支払う必要があり、彼等は、ショバ代を回収してそれ以上の利益を上げる為に、必死で取り締まりを行います。
もう一つの彼等の収入源は、路上でのカツアゲです。警官が路上で外国人に職務質問して、パスポート不携帯や滞在許可関係書類の不備を見つけ、または不備が無くても難癖をつけて、カネを要求する訳です。私は街中を歩く時は、警官と目を合わせないように気を付けていました。
私の知人(日本人)はモスクワ市内の路上で警官に職務質問を受け、パスポートと滞在許可関係書類を見せたのですが、難癖を付けられて、5000ルーブル(当時の為替レートで約1万5千円)の支払いを要求されました。
ところが彼はその時500ルーブルしか持っていなかったので、やむなく支払いを断ったところ、パトカーに乗せられて、警察署まで連れて行かれました。
パトカーの後部座席には、不法滞在とおぼしきウズベキスタン人が二人乗っていて、並んで座って警察署に向かったそうです。警官は警察署に着くまで、5000ルーブルを払うように言っていたそうですが、彼は500ルーブルしか持っていなかったので、どうしようもありません。
警察署の敷地に入るゲートの前に着くと警官は彼に、車から降りるように言いました。彼がパスポートと滞在許可関係書類をちゃんと持っていて、警察署に連行する理由が無いのを、警官も良く判っていたのです。
彼が警官に「最寄りの地下鉄の駅はどこ?」と尋ねると、警官は、「この道をまっすぐ1kmくらい行くと地下鉄の駅がある」と教えてくれたそうです。彼は冬の氷点下の寒さの中、1kmくらい離れた駅までテクテクと歩かなければなりませんでした。
もう一つの警官の収入源に、「落し物詐欺」があります。これはクレムリン付近で観光客をターゲットとするものなのですが、ターゲットとなる人物がクレムリン周辺を歩いていると、前を歩いているロシア人が米ドルの札束が入った透明な袋を落とします。それを拾って落とし主に渡してあげようとすると、警官が寄ってきて、札束を盗んだのではないかと言いがかりをつけ、財布の中身を見せるように要求します。警官は財布を受け取って中身を確認してから返すのですが、その際にこっそりと現金を抜き取る訳です。
札束を拾わずに通り過ぎようとすると、別のロシア人がすぐに拾ってから「お前のか?」と言って札束を手渡して来て、その後で落とし主が振り返り、警官が寄ってきて、拾ったのと同じ状態になります。このトラブルを防ぐには、札束が落ちたのを見た瞬間に、走ってその場を逃げるしかありません。
ロンドンやローマなどでも、警官が登場する詐欺はあるのですが、それらは偽警官です。モスクワの詐欺は警官が本物なのでタチが悪いですね。
ソ連崩壊前はソ連とのビジネスは限定的で、かつソ連内のビジネスは殆ど全てモスクワでコントロールされていたので、商社など限られた日系企業のみがモスクワに駐在員を置いており、彼等はロシア(ソ連)のプロフェッショナルでしたが、ソ連崩壊後は経済自由化を受けて、多くの日系企業が駐在員を派遣するようになります。
これらの企業は、旧ソ連地域を欧州本部の傘下に入れて、欧州駐在経験者を送り込んでくるケースが多かったのですが、汚職・腐敗や治安の悪さへの対応力を考慮する必要が理解されたらしく、だんだん東南アジア駐在経験者が増えてきました。
さて、ロシアの腐敗に関するお話はここまでです。ロシアにはソ連時代の官僚的な制度の残滓が多くあり、理不尽で非合理的な事務処理を要求される事も多いのですが、残念ながらそれらを賄賂で回避する事は、殆ど出来ません。
こういった理不尽で非合理的な事務処理を、システマティックに賄賂で回避しているのがフィリピンです。次回はフィリピンの腐敗についてお話ししたいと思います。それではまた。
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