NY市長選2025 - インド系イスラム教徒がNY市長に?! - ゾーラン・マムダニのファミリーヒストリー

28/11/2025

インド

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今回は2025年11月のNY市長選で当選したゾーラン・マムダニについてお話ししたいと思います。

本稿の関連動画を以下にアップしています。良ければご参照下さい。

https://youtu.be/PEiGss_O1RQ

ゾーラン・マムダニはウガンダ生まれのインド系移民でイスラム教徒です。現ロンドン市長のサディク・カーンもパキスタン系移民の子供でイスラム教徒ですから、米英両国の最大都市の市長が揃って出自を同じくするイスラム教徒となりました。

サディク・カーン(左)

サディク・カーンの祖父母は第2次大戦後のインドの分離独立に際して現在のインド・ウッタル・プラデーシュ州からパキスタンのカラチに移住しました。マムダニの父方の祖父母はグジャラート系イスラム教徒で南東アフリカのインド系移民でした。祖父が大学に通う為に夫婦でボンベイに移住していた1946年にゾーラン・マムダニの父マフムード・マムダニが生まれるのですがマフムードが2歳の時にタンザニアに戻りその後ウガンダに移住しています。

カーンの祖父母のカラチ移住の背景には以前の投稿"ロシアとインド"でお話ししたヒンズー教とイスラム教の分離独立の悲劇があります。ゾーラン・マムダニの祖父母がムンバイからタンザニアに戻ったのも分離独立の影響があるのかもしれません。なのでゾーラン・マムダニとサディク・カーンは出自が同じイスラム教徒と言えると思います。

以前の投稿"米大統領選2024"では「注目される印僑たち」としてカマラ・ハリス、ニッキー・ヘイリーとビベック・ラマスワミの3人についてお話ししました。

左からニッキー・ヘイリー、カマラ・ハリス、ビベック・ラマスワミ

その時はトランプの副大統領候補はまだ決まっていませんでしたが最終的にウシャ・ヴァンスが米国初のインド系セカンドレディとなりました。

ゾーラン・マムダニは米国生まれではないので大統領に立候補する事は出来ませんがそれにしても米国政界における印僑の存在感はすごいですね。

ゾーラン・マムダニはインドのモディ首相の事を"ヒンズー至上主義者"とか"ファシスト"等と呼んでトランプ大統領やイスラエルのネタニヤフ首相と並んでその政治手法に同意出来ない人物の一人に挙げていました。やっぱりモディ首相とイスラム教徒のゾーラン・マムダニは反発しあいますね。

ゾーラン・マムダニは民主党左派に属する民主社会主義者です。民主党左派には無所属ながら実質的には民主党員のバーニー・サンダースの他エリザベス・ウォーレンやアレクサンドリア・オカシオコルテス等がいます。

左からエリザベス・ウォーレン、アレクサンドリア・オカシオコルテス、バーニー・サンダース

1991年にサンダースが6人で発足させた下院民主党左派議員の集まり「議会進歩派議連」は今や民主党下院の4割を占めておりその分中道派は細って来ています。

民主党における中道派と左派は激しく対立しています。ニューヨーク市長選では中道派のクリントン夫妻、オバマ元大統領、バイデン元大統領、ペロシ元下院議長、シューマー上院院内総務は最後までマムダニ支持を表明しませんでした。中道派のジェフリーズ下院院内総務がマムダニ支持を表明したのは期日前投票が始まる直前でした。サンダースは党幹部からのマムダニ支持表明が無い事を怒っていました。中道派で早くからマムダニ支持を表明していたのはカマラ・ハリスくらいです。

民主党左派の台頭は共和党のトランプ派の台頭と相似形の様に感じます。2028年の大統領選では左派から民主党の候補が出るかもしれません。前述の通りゾーラン・マムダニは大統領選に立候補出来ないのですが別のインド系候補が出て来ても不思議は無いですね。「民主党左派の台頭が共和党の団結を助けている」という見方もある位ですから民主党中道派が左派の大統領候補支持を表明しないなんて事になったら民主党の負けは決定的でしょうね。

さてここからはマムダニのファミリーヒストリーについてお話しします。

前述の通りゾーラン・マムダニの父マフムード・マムダニは英国領インド帝国が終焉する前年の1946年にインドのボンベイで生まれました。2歳の時に両親と共に両親の故郷のタンザニアに戻り5~6歳の時にウガンダに移住します。1962年のウガンダ独立の年に米国からウガンダに贈られた奨学金プログラムでマフムードはピッツバーグ大学に留学しピッツバーグ大学卒業後タフツ大学法律外交大学院で修士号を取得、1974年にハーバード大学で政治学の博士号を取得します。マフムードは1972年初頭にウガンダに戻りマケレレ大学で助手として雇用されながら博士研究に取り組みました。

ところが1971年にクーデターで軍事独裁政権を樹立していたアミン大統領が1972年8月に発令した"アジア人追放"によってウガンダを離れる事となります。追放の対象となったのは主としてインド・パキスタン系の移民でした。

彼等は英国によって"欧州人とアフリカ人の間の商業と行政の緩衝地帯を担う"為にウガンダ保護領へ連れてこられたのです。"欧州人と原住民の間の緩衝地帯"と言うのは東南アジアにおける華僑と同じ様な感じですね。

英国の難民キャンプに移ったマムフードは1973年半ばにタンザニアのダルエスサラーム大学に採用されそこで博士論文を書き上げました。マムフードは1979年にアミン政権が倒れた後にウガンダに戻り1980~1993年まで再びマケレレ大学に勤務しました。

1989年ケニアのナイロビで映画「ミシシッピー・マサラ」のリサーチをしていた映画監督のミーラー・ナーイルと出会いウガンダで同棲を始めます。二人は1991年に結婚し同年に生まれたのがゾーラン・マムダニでした。

マフムードは1996年にケープタウン大学のアフリカ研究プログラムの責任者に就任し家族で南アフリカのケープタウンに移住して約3年間そこで暮らした後1999年にコロンビア大学アフリカ研究所の所長に任命されて家族でNYに移住し現在もコロンビア大学の教授職にあります。NYに移住した時ゾーラン・マムダニは7歳でした。

マフムードは大学在学中、積極的に学生運動に関わっていました。彼は自分の事を"マルクス主義者"と言います。博士論文のタイトルは「ウガンダにおける政治と階級形成」でした。マケレレ大学に勤務していた1984年にはセネガルの会議に出席中にウガンダ国籍を剥奪されてウガンダに戻れなくなりました。当時のミルトン・オボテ政権を批判した事が国籍剥奪の理由でした。マフムードは已む無くタンザニアのダルエスサラーム大学に行きクーデターによってミルトン・オボテ政権が倒された1986年にウガンダに戻りました。ゾーラン・マムダニの政治信条は父親の影響を強く受けているものと思います。

母親のミーラー・ナーイルは1957年にインド・オリッサ州に生まれました。ナーイルの父親は政府機関の職員、母親はソーシャルワーカーで二人ともデリーにルーツを持つパンジャブ人のヒンズー教徒でした。ゾーラン・マムダニがイスラム教徒になったのはお父さんの影響の様ですね。

比較的裕福な家庭に育ったナーイルはデリー大学付属の女子大学ミランダ・ハウスに進学し社会学を専攻しました。1976年19歳の時にナーイルに英国ケンブリッジ大学に入学する為の全額奨学金のオファーがあったのですが彼女はそれを断っています。彼女は後に「英国人に対して不満があった」と語っています。

彼女は同じ1976年に別の奨学金を得てハーバード大学に入学します。ハーバード大学の視覚環境学部に入学した翌年にミッチ・エプスタインが指導する写真入門コースを受講し彼のフリーランスの仕事も手伝う様になりました。彼女は1979年にハーバード大学を卒業し1981年にミッチ・エプスタインと結婚しました。彼女がミッチ・エプスタインと離婚したのは1989年です。マフムードと同棲を始めた年ですね。

ミッチ・エプスタイン

彼女はハーバード大学で初めは写真を専攻していたのですが途中で映画製作に移り1978~1979年にかけてハーバード大学での卒業制作として18分間の白黒ドキュメンタリー映画を制作しました。彼女がカメラを持ってオールドデリーの街を歩きインド人住民と何気ない会話を交わす様子を撮影したものでした。

彼女の初期の作品は短編ドキュメンタリー映画が中心でしたが1988年に発表した初のヒンズー語長編映画「サラーム・ボンベイ!」はアカデミー賞外国語映画賞にノミネートされカンヌ映画祭では新人監督賞(カメラドール)と観客賞を受賞する等数々の映画賞を受賞しました。映画はボンベイのスラム街に暮らす子供達の日常を描いたもので"サラーム"とはインドのイスラム教徒が使う挨拶の言葉です。ナーイルはヒンズー教徒なのにイスラム教徒が使う言葉をタイトルにした理由ははっきりしませんが、スラム街にはイスラム教徒が多いのかもしれませんね。

次に撮った映画がマフムードと出会うきっかけとなった「ミシシッピー・マサラ」です。映画はアミン大統領が1972年に発令した"アジア人追放"によってウガンダを追われて米国に移住したインド人の話です。ウガンダで黒人から差別を受けたウガンダ系インド人は米国で黒人に対して敵意を持ち続けます。そんな中で主人公ミナはデンゼル・ワシントン演じるデメトリウスに恋をします。この映画は批評家から好評を博し1992年のサンダンス映画祭でスタンディングオベーションを受けヴェネツィア映画祭で3つの賞を受賞しました。

彼女のその後の作品も数々の映画賞を受賞しています。

7歳でNYに移住したゾーラン・マムダニは2010年にNY市立高校を卒業して東部メイン州のボウディン大学に進学します。大学ではサハラ以南のアフリカとアフリカ系移民の歴史・文化・政治の研究を専攻し2014年に卒業しました。大学在学中にはパレスチナ正義の為の学生団体(Students for Justice in Palestine)の支部設立に関わりました。

卒業後はNPOで住宅差し押さえの危機にある低所得層の住民を支援するカウンセラーとして働き相談に乗ったり金融機関との交渉を担ったりします。この経験が「家賃の値上げ凍結」の公約に繋がった様です。

また高校時代からラップを始めヤング・カルダモンという名前で友人と活動しました。

母親の監督作品に音楽担当として携わったりもしています。著名なインド系ラッパーのヒームズがNY市議会議員選挙の候補であるアリ・ナジミを支持している事を知ったのがきっかけでマムダニはアリ・ナジミの選挙運動のボランティアになります。これが彼の政治活動の始まりでした。

アリ・ナジミ

2017年マムダニは政治団体アメリカ民主社会主義者(Democratic Socialists of America:DSA)のNY支部に加入します。2019年マムダニはNY州議会選への出馬を表明し2020年に民主党予備選で現職候補を破り本選は共和党候補無しで当選します。2022年と2024年には対立候補無しで再選されました。

マムダニは2021年に出会い系アプリでアニメーター兼イラストレーターのラマ・ドゥワジと出会い2025年に結婚しました。

ラマ・ドゥワジは1997年にテキサス州ヒューストンでシリア系イスラム教徒の両親の元に生まれました。彼女が9歳の時に家族と一緒にUAEのドバイに移住します。バージニア州リッチモンドにあるバージニア・コモンウェルス大学芸術学部に進学し2019年に卒業した後は一旦ドバイに戻るのですが2021年にNYに移ります。彼女はニューヨーク市初のイスラム教徒ファーストレディになります。マムダニのNY市長選の勝因に"優れたSNS戦略"を挙げる人が多くいます。このSNS戦略にはラマ・ドゥワジが深く関わっている様です。

民主党予備選でマムダニに敗れた前NY州知事アンドリュー・クオモは無所属で本選に出馬しました。選挙戦はトランプ大統領がマムダニの当選を阻止する為に共和党候補ではなくクオモを全面的に支援するという異例の展開となります。

アンドリュー・クオモ(右)

NYタイムスは「トランプ大統領は反マムダニ票の分散を防ぐ為に無所属で立候補していた現職のエリック・アダムスに撤退と引き換えに駐サウジアラビア大使に起用するという提案をした」と報じました。

エリック・アダムス(左)

共和党候補のカーティス・スリワも撤退を迫られたのですが「撤退してクオモの為に働く位なら死んだ方がましだ」と拒否しました。最終結果を見るとクオモとスリワの票を合わせてもマムダニには届かないもののスリワが撤退していたら大接戦にはなっていましたね。

カーティス・スリワ

トランプ大統領は「マムダニが勝てば連邦政府によるNY市への補助金を減らす」と主張していたのですがマムダニの当選が確定してから半月後の11月21日にホワイトハウスでマムダニと会談して市長選での勝利に祝意を伝え「党派の違いなどない。強固で安全なNYを実現する為に彼を支える」と共闘を演出しました。

クオモ陣営は従来の選挙キャンペーンのメディア戦略を踏襲して主軸をテレビCMやラジオ・新聞広告・郵送チラシ等の有料メディアに置いてSNS上では比較的おとなしめの発信に終始します。これに対しマムダニ陣営は複数のSNSプラットフォームを駆使し特にTikTokとInstagramでのショート動画発信を積極的に活用しました。マムダニ陣営は外部のインフルエンサーやコンテンツ制作者との連携にも積極的でした。彼の掲げる政策に共感する70人以上のクリエイターが「クリエイターズ・フォー・ゾーラン」という名のグループを結成します。

選挙とSNSと言うと残念ながら日本ではデマによる扇動の問題がクローズアップされがちですが優れた戦略があればSNSは政治家が自らの主張を的確かつ効率的に発信する場となり得ると言う事をマムダニの当選が示しているのではないでしょうか。

さて今回のNY市長選のお話はここまでです。楽しんで頂けたでしょうか。米国の政界における印僑のプレゼンスは大きくなる一方です。カマラ・ハリスはあと一歩というところで大統領になれませんでしたが印僑が米国大統領になる日も近いのかもしれませんね。それではまた。

本稿の関連動画を以下にアップしています。良ければご参照下さい。

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ドイツ、インド、シンガポール、フィリピン、ロシアに、計17年駐在していました。今は引退生活を楽しんでいます。

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