今回は私が2002~2006年に勤務していたフィリピンの合弁会社の同僚についてお話ししたいと思います。
本稿の関連動画を以下にアップしています。良ければご参照下さい。
以前の投稿"ドイツ人の同僚を通じて分かった事"は一人の同僚の話でしたが今回は複数の同僚の話です。
合弁会社のパートナーはフィリピンの中堅華僑財閥で私の所属していた日系企業はマイナー出資でした。私は合弁会社の上席副社長兼COOだったのですが社長兼CEOは華僑財閥オーナー、会長は華僑財閥のNo.2で、二人とも非常勤だったので私が実質的なトップとして総勢約40名の会社を運営していました。私の他にもう一人いた日本人駐在員も常勤役員でその他にJVパートナー側のフィリピン人常勤役員が2名いました。
フィリピン人常勤役員の一人は私より一回り年上の独身女性で華僑ではない富裕なファミリーのメンバーでした。フィリピンの東大と言われるフィリピン大学(University of the Philippines:通称UP)を卒業した大変優秀な人物でJVパートナーの企業に就職した後にミュンヘンとロンドンで1年ずつ研修を受けていました。
フィリピン人には珍しい几帳面で仕事に厳しい人だったのでJVパートナーの企業で勤務していた時には部下や他のフィリピン人従業員とトラブルが絶えず、そこを追われる形で合弁会社にやって来たのですが彼女の几帳面さや仕事に対する厳しさは日系企業にはピッタリでした。そんなフィリピン人らしくない彼女でしたがそれでもドイツ人の几帳面さには辟易した様で「英国人は好きだけどドイツ人は大嫌いだ」と言っていました。ドイツ人とラテン系の人々は相性が悪いみたいですね。
元々フィリピン人は全般に英語のレベルが高くおそらく東南アジアでトップと思うのですが彼女はそんなフィリピン人の中でも特に英語が堪能でした。ロンドンで暮らした経験からか英国人のような持って回った言い方をする事があり口癖は"I don't disagree."でした。二重否定ですね。彼女が"I don't disagree."と言う時は大概ホントは賛成していないのです。彼女のそんな話し方を聞いていると以前の投稿"完璧な欧州人"でお話しした欧州HQsに勤務していたオックスフォード大学出身の英国人のカンパニー・セクレタリーを思い出しました。
もう一人のフィリピン人役員は私と同じ位の年齢の独身のフィリピン人男性でした。女性役員はフィリピン人らしくなく生真面目で几帳面だったのですが一方の彼は典型的なフィリピン人でした。陽気で明るいのですが仕事はかなりいい加減で会議の席上ではいつも弁解に終始していました。彼も英語は堪能なのですが会話の端々にタガログ語を混ぜていました。彼と会話しているといつも「おおー」と相槌を打つので「タメ口で相槌を打つ奴だな~」と思っていたのですがその後タガログ語ではYesを"Oo"と言うのだと知りました。「イエス」と丁寧に相槌を打っていたのでした。
合弁会社では毎月非常勤役員も含めた経営会議を行っていたのですがその会議の席上で彼のミスが問題にされた事がありました。すると財閥オーナーが彼に「事務室から資料を取って来てくれ」と命じ、彼が会議室を出ると私に「あいつは使えないか?」と尋ねました。私が「使えないですね」と答えるとオーナーは「分かった」と言い数日後に彼は降格となってJVパートナー企業に移籍となりその数カ月後に退職しました。
JVパートナーは高給を支払う役員に対しては厳しかったのですが一般の職員には少し違った対応でした。厳しい女性役員は総務・経理を所管していたのですがその直属の部下だった経理課長は典型的なフィリピン人でした。いかにも気が弱そうなのですが細かい事を気にしないタイプで月次決算の説明はいつもフワッとした感じでした。
私の前任者の時代に本社の専務が出張でマニラを訪れる機会があり前任者はその経理課長にホテル手配をさせました。そして手抜かりが無いか確認の為に専務到着の直前にホテルへ行って部屋をチェックする様に指示しました。専務がホテルにチェックインして部屋に行ったらその経理課長が部屋にいて子供達がベッドの上で飛び跳ねて遊んでいたそうです。
私の前任者は合弁会社の会長でJVパートナーの華僑財閥のNo.2に「経理課長をもっと優秀なのに替えてくれ」と申し入れました。「JVパートナーの会社に移籍させて別の人物を派遣してくれ」と依頼したのです。
合弁会社の人事関連業務はJVパートナー側の所管となっていました。海外における人事・労務管理は日本人にとって最も難しい業務の一つです。フィリピンは特に労働問題が難しい国なので日本人駐在員は前面に立たず常にJVパートナーを前面に立てていたのです。我々は必要に応じて人事の希望をJVパートナー側に伝えていました。日本人に人事・労務管理を任せると手緩くなるのでJVパートナー側も日本人には任せたくなかったのだろうと思います。「日系企業だから待遇が良いと思って入社したのに入ってみたら中華系だった」と言っていた従業員がいました。華僑は従業員に甘くないのです。人事はJVパートナーの所管なので私の前任者は能力が足りないと判断した経理課長の更迭を依頼した訳です。
会長は私の前任者に対して次の様に諭しました。「確かに彼は優秀ではない。けれども彼は不正行為はしないんだ。」「経理課長と言うのは不正が起きやすいポストだ。優秀な人間は往々にして上手く不正を行う。」「彼は優秀ではないけれども不正行為をしないと信じられるから経理課長をさせているんだ。」この会長も華僑だったのですが彼から教えて貰った事は多くありました。
会長は「あの経理課長は不正をしない」と言いましたがかと言って業務を任せきりにする事はありませんでした。合弁会社なので出金には私が所属していた日系企業側とJVパートナー側の両方のサインが必要でした。会長が既にサインしている小切手に伝票とエビデンス(証拠書類)が添付されて私のところに回って来るので内容を確認した上で小切手にサインして経理課長に回すのがルーティンでした。グループ全体で数千人の従業員を擁する華僑財閥のNo.2が文房具から来客用茶葉の購入まで全件チェックしていたのです。「カネの流れは人任せにせずに自分でチェックする」というのが会長に教えられたフィリピンビジネスの基本でした。本社の業務監査部が社内監査に来た時「業務効率化の為に一定金額までの経費支払いは経理課長に権限移譲すべき」というコメントがありましたがフィリピンのビジネスの実態を知らない本社の戯言として私は無視しました。
去っていった男性役員の後任として入社したのは30歳位の女性でした。上流階級の家庭の出身でフィリピン大学出の才媛です。同窓の繋がりで女性役員を知っていたのでその紹介での入社でした。役員ではなくマネジャーとしての入社でしたが高待遇でした。本人の希望で車種を決めた新車のマツダアクセラをカンパニーカーとして貸与しました。優秀な人材だったので将来は役員とする事も視野に入っていました。
彼女は17歳で女の子を出産しているシングルマザーでした。以前の投稿"アジアで唯一のラテンの国、フィリピン"でも触れましたがフィリピンでは16歳の高校卒業時に別れの感傷に身を任せてしまって17歳で出産するシングルマザーが多くいました。彼女もその一人だったのです。
私の秘書をしていた30代前半の女性も父親が公認会計士をしている裕福な家に生まれていましたがやはり17歳で女の子を出産しているシングルマザーでした。きっちり仕事をこなし女性役員も高く評価していて恋愛に流されるタイプには見えなかったのですが・・・。ちなみにその後学制が変更されて義務教育が2年延長されたので今では19歳で出産するシングルマザーが多くなっているのではないかと思います。
男性役員の後任の彼女は大変優秀で仕事もバリバリこなしていたのですが入社数か月後に1週間の有給休暇の申請がありました。米国に旅行して知人を訪ねるという事でした。フィリピンの上流階級では米国に留学してそのままフィリピンに戻って来ないケースが多く、会長の子供達も全て米国で暮らしていてフィリピンには一人も残っていませんでした。そんな背景があるので彼女も米国の親戚でも訪ねるのかと思っていたのですが彼女は1週間経っても帰って来ませんでした。彼女が訪ねたのは親戚ではなくボーイフレンドでそのまま米国で同棲を始めてしまったのでした。彼女の子供の実の父親かどうかは判りませんでした。優秀な才媛だったのですがそんな風に恋愛に流されるところは典型的なフィリピーナでした。
合弁会社の業務システムはインドネシアのシステム会社が開発したものを使っていました。そのシステム会社に所属するフィリピン人システムエンジニアが事務所に常駐してメンテナンス他のシステム関連業務を行っていました。優秀なシステムエンジニアだったのでシステム担当のマネジャーが退職した時、敢えて後任を補充せずに彼にマネジャーの仕事を兼務して貰う事としました。システムエンジニアの仕事を管理・チェックするのもマネジャーの仕事なのですがエンジニアの方が優秀なので元々マネジャーのその部分の仕事は無いも同然だったのです。お陰でマネジャー1人分の人件費が節約出来ました。追加の業務委託費として支払うと彼が所属しているシステム会社に入ってしまって彼の収入にならないので、女性役員が上手く仕組みを作って彼の収入になるようにフィーを払っていました。
彼は優秀なシステムエンジニアだったのですが人とのコミュニケーションを苦手としており同僚の日本人駐在員は彼を「very engineer」と評していました。社内の会議にも出席していたのですが発言をする際にはいつも隣に座った日本人駐在員に小声で発言内容を囁き日本人駐在員がその発言内容を皆に伝えていました。そんなシャイな彼でしたが社内のパーティー等ではギターを弾きながら囁くように歌って若い女子職員の人気を集めていました。
さて今回のフィリピン人の同僚のお話はここまでです。楽しんで頂けたでしょうか。合弁会社では昼食時には大きな炊飯器で炊いた白米が無料で従業員に提供されていました。事務所の中に大きなダイニングテーブルが置いてあり従業員は屋台で売られている数十円の惣菜を持ち寄り、みなでテーブルを囲んでワイワイと楽しそうに昼食をとっていました。そんな彼等を見て「ラテン気質って良いな~」と思ったものでした。
ドイツとフィリピン以外の国の同僚についてもまた機会を見てお話ししたいと思います。それではまた。