海外の酒の話あれこれ ドイツ・インド・シンガポール・フィリピン

08/12/2023

その他

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以前アップした投稿"ウォッカの正しい飲み方 - ロシア人と酒の関係 -"ではロシアの酒についてお話ししましたが、今回は私がこれまでに駐在した他の国々(ドイツ・インド・シンガポール・フィリピン)の酒にまつわるお話をしたいと思います。


本稿の関連動画を以下にアップしています。良ければご参照下さい。

https://youtu.be/VN2DokMoR-A

私が1991~1995年に駐在したドイツはビールが有名です。ドイツビールを語る上で忘れてはならないのが1516年にバイエルンで制定された「ビールは麦芽・ホップ・水・酵母のみを原料とする」という内容の一文で知られる"ビール純粋令"です。現在でも有効な食品に関する法律の中で最も古いものだそうです。

ビール純粋令を制定したヴィルヘルム4世

第一次世界大戦後の1919年、敗戦に沈むドイツはワイマール共和国を作って再起を図ります。大国バイエルンも共和国入りを打診されるのですが、この時にバイエルンは条件を提示します。

ワイマール共和国初代大統領フリードリヒ・エーベルト(中央左)と首相コンスタンティン・フェーレンバッハ(中央右)

その条件が「全ドイツでビール純粋令を採択させる事」でした。国の存亡が懸かる決定に際してビールに拘るところにバイエルンの底知れぬビール愛を感じます。こうしてバイエルンだけの地方ルールだったビール純粋令はドイツの国法に格上げされました。

しかし欧州共同体(EC)発足に際してビール純粋令は非関税障壁として問題となります。隣国のベルギーではビールにフルーツなどを入れるのは当たり前です。「そういった個性派ビールを認めない法律は非関税障壁」という理屈でした。1987年欧州司法裁判所は「ビール純粋令は保護主義を禁じているローマ条約に違反している」という判断を下します。この結果ビール純粋令はドイツ国内の醸造業者による国内向けのビール醸造のみを対象とする事となり、ドイツ国外への輸出ビールやドイツへの輸入ビールには適用されなくなりました。それでもビール純粋令は撤廃しなかったのは「ドイツのビールはビール純粋令により品質が支えられ市場競争力を得ている」と考えたからです。

ビール純粋令の制定年1516が刻まれたドイツビールのラベル

さてビールに拘ったバイエルンと言えば有名なのがオクトーバーフェストです。1810年以来ミュンヘン市内中心部のテレージエンヴィーゼと呼ばれる広大な場所で10月の第1日曜日を最終日とする16日間開催されています。ドイツ中で開催されていると誤解されがちですがオクトーバーフェストはミュンヘンのみで開催される大規模な"祭り"です。

このオクトーバーフェストがあまりに有名な為、多くの日本人は「ドイツビールはジョッキで飲むもの」と誤解しています。ドイツ北部では細身でワイングラスの様に柄が付いた物をよく使います。


私が住んでいたデュッセルドルフは色が濃い"アルトビール"が有名でグラスは独特な円筒形のものと決まっています。

デュッセルドルフの隣のケルンでは"ケルシュ"というビールを飲むのですが、グラスはデュッセルドルフのものより更に細い"シュタンゲ"というものを使います。細くて安定が悪いのでウエイターはお盆ではなく試験管立てのようなもので運びます。


この様にドイツではいろいろな種類のビール用グラスがあるのですが、その全てに目盛りがついています。ビールと泡の境目がその目盛りの所になければならないのです。


さてドイツビールの次はドイツワインについてお話しします。ドイツは寒冷な気候の為にブドウの栽培が南部の地方に限られます。ドイツ南部はブドウが栽培出来る北限とされ主にフランスに近いライン川やその支流沿いでワインが生産されています。

ドイツで生産されるワインの殆どは白ワインです。産地別に幾つかの種類があるのですが日本人に人気があるのはライン川の支流であるモーゼル川・ザール川・ルーヴァー川の3つの川の流域にまたがるモーゼルワインです。余談ですがモーゼル川沿いの町トリーアはカール・マルクス生誕の地です。

"ドイツワインは甘い"というイメージがありますがモーゼルワインのトロッケン(ドライ)やハルプトロッケン(ハーフドライ)はすっきりした飲み口の辛口ワインです。

トロッケン(左)とハルプトロッケン(右)

ドイツで唯一ポピュラーな赤ワインはグリューワイン(Glühwein:正確な発音はグリューヴァイン)です。赤ワインにオレンジピールやシナモン・クローブなどの香辛料・砂糖やシロップを加えて火にかけ温めたものです。若干アルコール分が飛ぶのでそれを補うためラム酒などの蒸留酒を足して飲む事もあります。

クリスマスから4つ前の日曜日に始まる待降節(アドベント)の期間に合わせてドイツ各地で開催されるクリスマスマーケット(Weihnachtsmarkt:ヴァイナハツマルクト)で厳しい寒さを感じながら飲むグリューワインは格別です。待降節については以前の投稿"ドイツのクリスマスと待降節(アドベント)"で説明していますので良ければご参照下さい。

私がドイツの後1999~2001年に駐在したインドは飲酒に不寛容な国です。法律的に禁じている訳ではないのですがヒンズー教の規範とされている"マヌ法典"で酒を飲むことが"五大罪"の一つとされており、またインドの人口の2割をイスラム教徒が占めている事もあって飲酒は不道徳と考えられていました。現在ではミュージック・ビデオやインド映画で俳優が飲酒しているシーンが普通に出て来るようになり、若い世代を中心に徐々に考え方が変わって来ているようです。

旧宗主国の英国の影響なのかインドには複数のビールメーカーがあるのですが圧倒的なM/Sを誇るのがキングフィッシャーです。

2004年には航空会社"キングフィッシャー航空"を設立して国内線の運航を開始し2007年には国際線に参入したのですが2012年に経営破綻しました。

キングフィッシャー航空はブランド名キングフィッシャービールでトヨタF1チームのスポンサーだった時期もあります。

キングフィッシャー航空は消滅しましたがキングフィッシャービールは未だに健在です。

私はよく330mlの缶ビールのキングフィッシャーを飲んでいたのですが不思議だったのは缶によって泡の出方に違いがあった事です。二つに一つ位の割合で泡が全く出ないものがありました。缶の密閉性が悪くて気が抜けていたのではないかと思います。

瓶ビールではそのように泡の出ない事は無かったのですが、瓶は回収して洗浄し再利用されるのですがキングフィッシャーの瓶でないものも気にせず使われていたので瓶の形や色がまちまちでした。ラベルはキングフィッシャーの物が貼られているのですが不潔な感じがしたので瓶は避けていました。

関税が高いのでウイスキーなどの輸入酒は日本よりもかなり高くなります。その為、発展途上国の大使館が無関税で輸入したウイスキーを横流ししていました。国によっては大使の給与が低すぎて必要な経費が賄えないのでウイスキーの横流しで得た資金を充てたりしていたようです。ちなみにフィリピンも大使の給与が低すぎて必要な経費が賄えない国の一つです。先進国に駐在するフィリピン大使は必要な経費を自身のポケットマネーで遣り繰りする事になるので資産家でないと務まらないという事でした。

在日フィリピン大使

私が住んでいたアパートにも大使館から横流しされたウイスキーを売りに行商人が来ました。外国人を見込み客として狙っていたのかもしれません。正規に通関したものより安いのかもしれませんが、それでも相当割高だったので私は買いませんでした。

インドの次に駐在したのはシンガポールでした。以前の投稿"シンガポール繁栄の理由 - Big BrotherのFine(罰金)Country -"でお話しした通り、ジョージ・オーウェルの小説「1984」のビッグブラザーのようなリー・クアンユーが国民の健康に気を配ってくれた為、健康に悪いアルコール度数の高い酒には高い税金が掛かります。日本で買うと2000円ちょっとのシーバスリーガルがシンガポールでは1万円を超えます。ビッグブラザーが健康に悪い酒の値段を高くしてみんながあまり飲まないようにしてくれる訳です。

一方でアルコール度数の低いビールは日本よりも安いくらいです。シンガポールのビールメーカーであるタイガービールは東南アジアで広く飲まれています。

シンガポールの次に駐在したフィリピンには有名なビールメーカーであるサンミゲルがあります。

スペインのトップブランドビールもサンミゲルなので当初私はスペインのサンミゲルがフィリピンに進出したものと誤解していたのですが、実際は順序が逆でフィリピンのサンミゲル(1890年設立)の社長だったアンドレス・ソリアーノが1953年に、スペインのラ・セガーラという醸造所にサンミゲルという商標を使用する独立した権利を付与したのがスペインのサンミゲルの始まりです。私はドイツに駐在していた時に休暇で訪れたスペインのリゾートで見た独特の形のビール瓶が印象に残っていたので、同じ形のビール瓶を見てフィリピンのサンミゲルをスペインの子会社と勘違いした訳です。

さて今回の、ドイツ・インド・シンガポール・フィリピンの酒にまつわるお話はここまでです。楽しんで頂けたでしょうか。フィリピンのサンミゲルビールは日本のキリンビールが株式の48.6%を所有しています。キリンビールのみならず日本のビール会社は積極的に海外展開を進めているのですが、それらについてはまた機会を改めてお話ししたいと思います。それではまた。

本稿の関連動画を以下にアップしています。良ければご参照下さい。

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ドイツ、インド、シンガポール、フィリピン、ロシアに、計17年駐在していました。今は引退生活を楽しんでいます。

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