ロシア人の名前の不思議 - 夫婦でも苗字の末尾が違う?! - ミドルネームはお父さんの名

15/09/2023

ロシア

t f B! P L

今回は、ロシア人の名前についてお話ししたいと思います。

本稿の関連動画を以下にアップしています。良ければご参照下さい。

https://youtu.be/CmXBT75OrAw

多くの日本人は気付いていないのですが、同じロシア人の苗字でも男性と女性では末尾が違います。日本人が良く耳にするロシア人の苗字で男性と女性の両方が有名なのは、ロシア安全保障会議副議長やテニス選手のメドベージェフと、フィギュアスケート選手のメドベージェワでしょう。



男性の苗字の最後にaを付けると女性の苗字になります。なのでロシア安全保障会議副議長メドベージェフの奥さんはスベトラーナ・メドベージェワという名前です。

メドベージェフをキリル文字で綴ると最後は"в"(ベー:ヴェー)になります。この"в"の発音は英語のf、v、wの3種類があります。語尾が"в"で終わる場合は英語のfの発音になるので男性形のメドベージェフの最後の"в"は英語のfの発音なのですが、女性形としてaを付け加えた場合は"ва"(ヴェーアー)を英語のwaと発音するのでメドベージェワになるのです。

更に複雑なのはロシア語では英語のvとwにあたる発音を明確に区別していない事です。ロシア人は英語のvとwの発音を同じものとして扱っています。日本人が英語のraとlaを同じに扱うようなものです。なのでメドベージェワも、日本語のカタカナ表記でメドベージェヴァとなっている事もあります。ロシア人はどちらとも取れる微妙な発音をするので、どちらも正解という事の様です。ちなみにメドベージェワのラテン文字表記はMedvedevaなので英米人が発音する場合はメドベージェヴァになります。

余談ですがドイツ語ではvは英語のf、wは英語のvの発音になります。ロシア語の"в"の発音と関係があるのかもしれません。オーストリアの首都Wienはヴィーンと発音します。だから英語ではヴィエナ(Vienna)と言う訳です。

ウィーンと呼んでいるのは日本人だけです。

フォルクスワーゲンというのも日本人だけです。ドイツ語ではフォルクスヴァーゲン、英語ではヴォルクスワーゲンです。

ヤナセが日本人に通りやすい呼び名としてフォルクスワーゲンとしたとの事です。『"バーゲン"が安売りのバーゲンセールをイメージさせる』というのもワーゲンにした理由らしいです。

典型的なロシアの姓は末尾に「オフ(-ov)」「エフ(-ev)」が付いているので、女性の苗字の多くは末尾がワ(ヴァ)となっています。テニス選手のシャラポワ、フィギュアスケート選手のザギトワ、ワリエワなどが、末尾が"ва"の女性の苗字です。彼女たちのお父さんはシャラポフ、ザギトフ、ワリエフという苗字なのです。


典型的なロシアの姓の末尾に「イン(-in)」というのもあります。プーチン大統領の他、レーニン、スターリン、ガガーリン、プーシキン、ソルジェニーツィン、エリツィンなどもそうですね。なので以前のプーチン大統領の奥さんは末尾に"а"を付けたリュドミラ・プーチナという名前です。

前述の3つよりは少ないのですが、典型的なロシアの姓には末尾が「スキー(-sky)」や「ツキー(-tsky)」というのもあります。文豪のドストエフスキー、作曲家のチャイコフスキーやムソルグスキー、革命家のトロツキーなどですね。ウクライナのゼレンスキー大統領もそうです。1964年の東京オリンピックで重量挙げの金メダルを取ったジャボチンスキーという選手もいました。末尾が「スキー(-sky)」や「ツキー(-tsky)」という姓はロシア西部、ポーランド系、ベラルーシ系の苗字です。

ジャボチンスキー

但しトロツキーは最初の革命でオデッサで収監されていた当時の看守の名前が印象に残ったのでそれを借用したものだそうです。

レーニンとスターリンも本名ではありません。レーニンはシベリアのレナ川に由来するペンネームで、スターリンは"鋼鉄"を意味するペンネームです。

末尾が「スキー(-sky)」や「ツキー(-tsky)」の場合、女性の苗字の末尾は「スカヤ(-skaya)」「ツカヤ(-tskaya)」となります。ロシア語の綴りで言うと"кий"(カーイーイ)が"кая"(カーアーヤー)に変わる形です。ドストエフスキーの奥さんはアンナ・ドストエフスカヤ、チャイコフスキーの奥さんはアントニーナ・チャイコフスカヤです。

クリミア自治共和国最高検察庁検事総長ナタリア・ポクロンスカヤ

因みに以前の投稿"オリガルヒ列伝 - ロシアの新興財閥 -"でお話ししたエリツィン再選をサポートした7人衆は、筆頭のベレゾフスキーの他、グシンスキー、ホドルコフスキー、スモレンスキーと苗字の末尾が「スキー(-sky)」の人が4人もいます。ロシア人の苗字のランキングで言うと末尾が「スキー(-sky)」というのはそんなに多い方ではないので、7人中4人というのは不思議な感じです。7人衆はポターニン以外の6人はユダヤ人ですので末尾が「スキー(-sky)」というのはユダヤ人に多いという事かもしれませんが確信はありません。

更に偶然なのは末尾が「スキー(-sky)」の4人のうち3人(ベレゾフスキー・グシンスキー・ホドルコフスキー)はプーチンに反旗を翻して追放され、スモレンスキーは1998年のロシア金融危機で事業の中心だったアグロプロムバンクが破綻して失脚したので、7人衆のうち現在でもオリガルヒとして生き残っているのは「スキー(-sky)」が付かない3人だけです。

苗字の末尾が「スキー(-sky)」の有名人には米国のモニカ・ルインスキーもいます。米国では姓を男性と女性で変化させる事は出来ないので、昔ロシアから米国に渡った先祖がルインスキーを名乗ったら、その子孫は女性であってもルインスキーを名乗らざるを得ないのですね。クリントンのスキャンダルがニュースとなった時おそらく全てのロシア人は「ルインスカヤじゃないんかい!」とツッコんだと思います。

末尾が「イチ(-ich)」や「コ(-ko)」で終わる苗字の場合は男性でも女性でも同じで"ユニセックス"です。「コ(-ko)」で終わる苗字はウクライナ系です。フィギュアスケート選手のプルシェンコやベラルーシのルカシェンコ大統領、ウクライナの政治家ユーリヤ・ティモシェンコ、ゴルバチョフの前の書記長だったチェルネンコなどですね。

因みにティモシェンコは夫の姓なのでティモシェンコ自身は「父親はラトビア人」と言っているのですが、父親の姓である"グリギャン"は実際にはラトビアには存在しないそうです。「ヤン(yan)」で終わる姓はアルメニア系です。ティモシェンコの祖父の名前は"アブラム(=アブラハム)"である事から父親はアルメニア系ユダヤ人ではないかと言われています。

アルメニア系のロシア人は「ヤン(yan)」で終わる姓を名乗るのですが、女性も「ヤン(yan)」のままで「ヤナ(yana)」とは変化しません。なのでティモシェンコも結婚前はグリギャナではなくグリギャンと名乗っていました。

高校時代のティモシェンコ(ユーリヤ・グリギャン)

末尾が「イチ(-ich)」で有名なのはオリガルヒのアブラモヴィッチです。"末尾が「イチ(-ich)」の苗字はユダヤ人である"という通説もありますが必ずしもそうではないようです。但しオリガルヒのアブラモヴィッチは確かにユダヤ人です。末尾が「イチ(-ich)」の姓は女性でも変化しないのでアブラモヴィッチの奥さんの苗字もアブラモヴィッチでした。因みにアブラモヴィッチは3回結婚して3回離婚しています。

アブラモヴィッチと3番目の妻ダリア

映画"バイオハザード"の主演女優ミラ・ジョヴォヴィッチも末尾が「イチ(-ich)」ですね。末尾の「イチ(-ich)」は女性でも変化しないのでロシア人からツッコまれる事はありません。

さてここからはロシア人のファーストネームについてお話しします。

日本人にとって英語圏の名前(ファーストネーム)と愛称(ニックネーム)は判り難くて悩む事があります。私は子供の頃にマーク・トウェインの小説「トム・ソーヤーの冒険」を読んだ時、トムの悪戯がばれて大人から名前を訊かれ「トマス・ソーヤー」と答えるシーンで『なんでウソの名前を言うんだろう?』と思ったものでした。トムの正式呼称がトマスだと知らなかったのです。

ロバートの愛称がボブだとかウィリアムの愛称がビルだとか判り難いものがあります。ビル・クリントンの本名はウィリアム・ジェファーソン・クリントンです。

ロシア語の愛称(ニックネーム)は2段階あります。単純な短縮形と、それに接尾語を付けるものです。聖書に登場する大天使ミカエルから取った英語の名前はマイケルですがロシア語ではミハイルとなります。ゴルバチョフがそうです。

このミハイルの短縮形はミーシャで接尾語を付けるとミーシェンカです。このミーシェンカという呼び方は日本語の感覚で言うと"ミハイルちゃん"または"ミーちゃん"のような感じと思います。

男性の名前も愛称になると文法上の規則によれば"女性名詞"の語尾であるа/яになります。なので男性の名前"アレクサンドル"と女性の名前"アレクサンドラ"の短縮形が両方とも"サーシャ"になるなど判り難さの原因の一つになっています。

プーチンのファーストネームのウラジーミルの短縮形は"ヴォーヴァ"で接尾語を付けると"ヴォーヴォチカ"です。プーチンに"ウラちゃん"なんて呼びかけるのは愛人のアリーナ・カバエワくらいかもしれませんが。

女性の名前のマリアの短縮形はマーシャでナタリアの短縮形はナターシャです。またエカテリーナの短縮形はカーチャで接尾語を付けるとカチューシャになります。このカチューシャがヘアバンドの一種"カチューシャ"の語源です。AKB48の"Everyday、カチューシャ"ですね。

最後にロシア人のミドルネームである父称についてお話しします。全てのロシア人は父親の名前の末尾に男性であれば「-ovich」(オヴィチ)または「-evich」(エヴィチ)女性であれば「-ovna」(オヴナ)または「-evna」(エヴナ)を付したミドルネームを持っています。このミドルネームを"父称"と言います。

ロシア人が公式の改まった場で呼びかけに使うのは名前と父称です。プーチンの名前はウラジーミルで父親も同じウラジーミルなので彼に対する呼びかけは"ウラジーミル・ウラジーミロヴィチ"となります。

苗字の前に付ける英語のMr.とかMs.にあたるような言葉として、男性に対してはガスパージン、女性に対してはガスパジャというのがあるのですが、ロシア人同士では殆ど使われません。外国人の苗字に付ける事はあるみたいです。父称を持たない外国人を呼び捨てにし難い時に使う訳です。

今回お話しした様にロシア人の名前は複雑なのでロシア文学を読む上では障壁となります。ドストエフスキーの"罪と罰"や"カラマーゾフの兄弟"などはネットで調べると登場人物人名対照表が出て来ます。

さて今回のロシア人の名前についてのお話はここまでです。楽しんで頂けたでしょうか。

最後に余談を一つ。

中国では昔から夫婦別姓でした。昔の中国は血統を示す父系家族の中で妻は孤立していた為に結婚後も姓が変わらなかったのです。妻は子どもを生むための"外の者"という感覚だったのです。

1949年に政権を奪取した中国共産党は女性を社会と家庭の二重の抑圧から解放する事を目指して、1950年に新たに"婚姻法"を制定し"婚姻における夫婦間の関係は平等"として"夫婦は自らの姓名を各自が使用する権利を持つ"と定めたのです。

夫婦別姓は同じでも目的は180度違いました。なので毛沢東の奥さんは江青で毛青とは名乗りませんでした。習近平の奥さんも彭麗媛(ほうれいえん)という名前で習という姓を名乗っていません。

最近日本でも選択的夫婦別姓が話題になっていますが、今後導入されるんでしょうか。それではまた。

本稿の関連動画を以下にアップしています。良ければご参照下さい。

https://youtu.be/CmXBT75OrAw

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ドイツ、インド、シンガポール、フィリピン、ロシアに、計17年駐在していました。今は引退生活を楽しんでいます。

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