シンガポール繁栄の理由 ー Big BrotherのFine(罰金)Country ー

15/09/2021

シンガポール

t f B! P L

私は2001年から2002年にかけて8か月、シンガポールに駐在していました。人事の都合で残念ながら駐在は短期間に終わってしまったのですが、シンガポールに南アジアの統括本部が置かれていたことから、インドとフィリピン駐在中も頻繁に出張していました。またインド駐在中は保養休暇という制度を使って、食料品などの買い出しの為にシンガポールに行く事もありました。今回は駐在及び出張等の訪問を通じて私が見聞きしたシンガポールについて、お話ししたいと思います。

本稿の関連動画を以下にアップしています。良ければご参照下さい。

https://youtu.be/Uo37ScQSd4Q

最近オリエンタルラジオの中田さんの移住が話題になりましたが、それ以前にも村上ファンドの村上世彰氏やHOYAの鈴木洋社長などが移住しています。


シンガポールが、日本人が不自由を感じにくい街なのは間違いありません。異国情緒が無さ過ぎるくらいです。早い時期から日本の小売業が進出していた事もあり、日本の食料品なども種類が豊富で、簡単に入手出来ます。

ヤオハンは1974年にシンガポールに進出

2020年のシンガポールの一人当たりGDPは、USD58,902、世界第8位で、USD40,146、23位の日本を大きく上回っています。私がいた2002年当時のシンガポールの一人当たりGDPはUSD22,160、世界第23位で、USD32,832、6位の日本は相当上を行っていたのですが、2010年に逆転され、今では大差をつけられてしまいました。今のシンガポールは日本よりもずっと豊かな先進国です。

治安は良く、街は清潔で、公共交通機関は整備され、東京23区より少し広い国土は、渋滞などの混雑を排除して快適に過ごせるように設計されています。

オーチャード通り


ラッフルズプレイス

以前の投稿「東南アジアで最も民主的な国、フィリピン」でも触れた「開発独裁」で、私権を制限する事によって計画的な街づくりが可能になっているのです。この"私権の制限"というところがポイントで、ジョージ・オーウェルの小説「1984」を彷彿させます。ビッグブラザーはリー・クアンユーです。


映画「1984」のビッグブラザーのポスター

リー・クアンユー

小説「1984」はネガティブなストーリーですが、それを反対側からポジティブに見るとシンガポールになります。シンガポールが「1984」で描かれたようなディストピアにならなかったのは、リー・クアンユーのおかげだと思います。

「1984」のビッグブラザーのモデルはスターリンですが、シンガポールにとって幸運だったのは、リー・クアンユーがスターリンと違って、高邁な志を持っていた事です。更にリー・クアンユーは、国家建設について明確な目標を設定して、それを達成するための手段を実行する能力を、併せ持っていました。

快適なシンガポールの特徴について、いくつかの例を説明したいと思います。

小さい島で人口密度が高いのですが、シンガポールには交通渋滞が殆どありません。自動車の台数が増え過ぎないようにコントロールしているからです。

自動車の台数をコントロールするための制度が「車両所有権(Certificate of Entitlement:COE)」です。新車を購入する人は、車と併せて車両所有権を購入しなければなりません。車両所有権とは「10年間自動車を所有する権利」です。車両所有権は数が限られており、入札によって販売されています。

トヨタカローラの新車を買うと、車両所有権込みで1000万円位になり、このおよそ半分が車両所有権で、車両代金と輸入関税その他費用の合計が残り半分です。

価格的にマイカーを持つのが難しいので、マイカーを持たなくても不便が無いように、鉄道とバス路線を島の隅々まで張り巡らしています。またおそらくは意図的に料金を安く設定したタクシーが、大量に走っています。

地下鉄駅

郊外のLRT

路線バス

タクシー

また市街地や特定の混雑区域への車両の流入を抑制する為に、電子道路課金(Electronic Road Pricing)を導入しています。その区域への流入地点にガントリーと呼ばれる路側器を設置し、道路の通行料金を徴収します。

一般道に設置されたガントリー

祝日を除く月曜日から土曜日の午前7時30分から午後8時までにガントリーを通過すると、自動的に料金を徴収されます。料金は5分毎に設定され、交通量の多い時間帯ほど通行料が高くなる仕組みで、高速道路では最高で6シンガポールドル(約 480 円)、幹線道路は最高で3シンガポールドル(約240 円)です。これによって通勤時間帯の渋滞を解消すると同時に、中心部への車の流入を抑えている訳です。

更に、国民に良質の住宅を提供する為に住宅開発庁(Housing & Development Board)を設立し、公営高層マンションを建設しました。シンガポール国民の8割以上が、このHDBと呼ばれる公営高層マンションに住んでいます。この政策により日本のような無秩序な宅地開発を防ぎ、国土の30%を占める熱帯ジャングルを保全しつつ、みんなが快適に暮らせる都市を実現しています。

公営高層マンションHDB

以前の投稿「ソ連時代の一般的なロシア人の暮らし」でも触れましたが、モスクワの場合も、人々がみんな高層アパートに住んでいるため、山手線の内側の2倍くらいのところに1000万人を超える人が住んでいるにも関わらず、相当ゆったりした街になっています。

ただし自動車の台数を全くコントロールしていないので、世界最悪の交通渋滞です。旧ソ連時代の非効率な道路網の設計も交通渋滞の一因です。独裁だからといって必ずしも上手く行く訳ではありません。

モスクワの交通渋滞

シンガポールの街が清潔なのもビッグブラザーの指導の賜物です。街を汚すいろいろな行為に罰金を科しました。シンガポールがFine(罰金) Countryと呼ばれる所以です。

タバコやゴミのポイ捨て、タンやつばを道路に吐く、公共トイレの水を流さない等が罰金の対象となります。また公共交通機関内での飲食や、公共の場所での飲酒も罰金の対象です。街を汚すチューインガムは、シンガポールへの持ち込みが禁止されています。持ち込むと密輸扱いとなります。当然シンガポール国内ではチューインガムは販売されていません。

ビッグブラザーは国民の健康にも気を配ってくれます。アルコール度数の高い酒は健康に悪いので、高い関税が掛かります。日本で買うと2000円ちょっとのシーバスリーガルが、シンガポールでは1万円です。値段を高くして、みんながあまり飲まないようにしてくれる訳です。

一方でアルコール度数の低いビールは、日本よりも安いくらいです。

シンガポールの国産ビール「タイガービール」

タバコはもっと体に悪いので、バッチリ課税されて一箱(20本)1000円位です。おまけにパッケージには思い切りグロテスクな癌や未熟児の写真が付いています。

シンガポールで販売されるタバコのパッケージ

写真が気持ち悪いので、シンガポールでは写真が見えないようにシガレットケースを使う人が多くいます。

シンガポールにタバコを持ち込む場合は、1本あたり約35円の関税を払う必要があります。1カートンなら7000円ですね。これを知らずに、デューティーフリーの透明な手提げ袋にタバコのカートンを入れて空港の税関を通ろうとして、係員に止められている日本人を時々見ます。

ビッグブラザーは民族の融和にも数々の手を打っています。シンガポールの人種構成は、おおまかに中華系7:マレー系2:インド系1です。シンガポールがマレーシアから分離独立に追い込まれた原因は、マレーシアが採用したブミプトラ政策(マレー系優先政策)です。

マレーシアには先住民であるマレー系住民の他に、旧宗主国である英国が連れて来た外国人労働者の子孫である中華系とインド系の住民がいます。マレー系がマレーシア国民の70%を占めるので、ブミプトラ政策が推進されたのですが、英国が来るまで殆ど人が住んでいなかったシンガポールの人口構成は、マレーシア全体の平均とは全く違っていました。

ブミプトラ政策を受け入れ難かったシンガポールは、1965年にマレーシア連邦から追放される形で都市国家として分離独立します。

1965年8月、シンガポール独立を宣言する記者会見で、リー・クアンユーは人目をはばからず涙を流した。

リー・クアンユーが立派なのは、中華系を優遇する事無く、シンガポール人として民族融和を図ったところです。シンガポールの公用語(official language)は、マレー語、中国語(標準語)、タミル語、英語の4つですが、国語(national language)はマレー語で、国歌もマレー語です。

ただしマレー系住民以外は殆どマレー語を理解しません。先住民の顔を立てる為に国語をマレー語にしているのでしょう。学校の授業は基本的に英語で、法律や行政文書も英語です。

インド人はインド南東部のタミルナドゥ州から来ているので、ヒンズー語ではなくタミル語が公用語となっています。中華系同士で話をする時は、中国語を使う事が多いのですが、殆どの中華系シンガポール人は漢字の読み書きは不得手です。

リー・クアンユーの指導宜しきを得て、シンガポールは驚異の発展を遂げました。歴史的に見て、独裁体制の唯一の成功例かもしれません。他の独裁者の失敗の多くは、汚職に起因していると考えられます。

リー・クアンユーは、汚職調査局 (CPIB) を設置して、逮捕の実行、捜査、告発者との連携、容疑者に対する銀行口座や所得税申告の調査など、局に多大な権限を付与する法律を導入しました。

CPIB本部庁舎

併せて、収賄の誘惑に負けにくいように、政治家や公務員の給与を高いレベルに設定しました。

以前の投稿「東南アジアで最も民主的な国、フィリピン」でも触れましたが、フィリピンは世論を考慮して政治家や公務員の給与を低くしている為、贈収賄が絶えません。

シンガポールの首相は、リー・クアンユーからゴー・チョクトンを挟んでリー・シェンロンに世襲されました。

リー・シェンロン

それ以外にも、次男のリー・シェンヤンが、シンガポール最大の通信企業であるシングテルのCEOを務めていたり、シンガポール航空やDBS銀行のような政府関連企業の持株会社であるテマセク・ホールディングスの社長を、リー・シェンロンの妻であるホー・チンが務めていたりと、同族支配の独裁国家のように見えるのですが、リー・クアンユーが細心の注意を払っていた為か、他の独裁国家のように欧米から激しく非難される事はありません。

リー・シェンヤン

リー・シェンロンとホー・チン夫妻

以前の投稿「東南アジアで最も民主的な国、フィリピン」では、フィリピンは"too much democracy"と言いましたが、それと対照的にシンガポールは"less democracy"で上手く国家運営されています。

チャーチルは「民主主義は最悪の政治形態らしい。ただし、これまでに試されたすべての形態を別にすればの話であるが。」と言いましたが、チャーチルが今のシンガポールを見たらどう言うか、興味深いところです。

さて、長くなってしまったので、シンガポールのビッグブラザーに関するお話はここで一旦終わりにします。シンガポールは独裁国家の常として、"監視社会"でもあるのですが、そのあたりはまた機会を改めてご説明したいと思います。それではまた。

本稿の関連動画を以下にアップしています。良ければご参照下さい。

https://youtu.be/Uo37ScQSd4Q

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ドイツ、インド、シンガポール、フィリピン、ロシアに、計17年駐在していました。今は引退生活を楽しんでいます。

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