フィリピンの汚職(腐敗) ー 賄賂は潤滑油? ー

30/08/2021

フィリピン

t f B! P L

今回は、フィリピンの汚職(腐敗)についてお話ししたいと思います。

本稿の関連動画を以下にアップしています。良ければご参照下さい。

https://youtu.be/q2ZfLwLNoeg

ラモス大統領

前回「最強の反社は警察 ー ロシアの汚職(腐敗) ー」でご説明した通り、Transparency Internationalの腐敗認識指数(Corruption Perceptions Index -CPI)では、フィリピンは115位、ロシアは129位と僅差なのですが、その実態は大きく違います。ロシアは"社会主義型腐敗"なのに対して、フィリピンは"ラテン型腐敗"と"東南アジア型腐敗"のハイブリッドなのです。

ラテン型腐敗の代表ベルルスコーニをモデルにした映画

前回の記事の最後で、「フィリピンでは、理不尽で非合理的な事務処理を、システマティックに賄賂で回避している」と言った通り、慣れると却って便利なところもあるのです。

私は2002年、シンガポールからフィリピンに異動となった際に、シンガポールに拠点を持つ大手日系運送会社に引越を依頼しました。日本人の担当者が私の自宅に来て、見積もり作業と併せて、事務手続の説明をしてくれたのですが、彼が言うには、通関には私の滞在許可(Residential Visa)と労働許可(Work Permit)の提示が必要との事でした。

ラテンの国では、この滞在許可と労働許可の取得に長い時間がかかる事がよくあります。ロンドンからバルセロナに異動した私の知人は、滞在許可と労働許可の取得に1年以上かかったため、その間引越荷物を受け取れず、必要な家財道具を全て新たに買う事となりました。

日本からミラノに異動した知人は、滞在許可と労働許可を待ちきれず、それらが不要な商業貨物として引越荷物を通関し、会社に数百万円の関税を負担させたので、社内で問題となりました。

スペインもイタリアも「短期商用」のみがビザ不要なのであって、現地法人で業務に携わる場合、滞在許可と労働許可が無いと違法就労になるのですが、そこはうるさい事は言わずに目をつぶってくれます。まあ、滞在許可と労働許可を出す事務が滞っているのだから、それは当然と言えば当然ですが。

フィリピンもラテンの国なので、状況はスペイン、イタリアと同じでした。滞在許可と労働許可の取得には最低3か月はかかるとの事で、それを待たずに商業貨物として通関すると、関税は100万円以上と見込まれました。

既にインド駐在を経験して慣れていた私は、運送会社の日本人担当者に「何か手はありませんか?」と質問しました。担当者は私の様子を窺いながら「税関にフィーを払えば、すぐに通関出来ます。」と答えました。

東南アジアの汚職や腐敗に慣れていない日本人だと「贈賄を勧めるのか!」などと騒ぎ出す可能性があるので、そういう人には、税関にフィーを払えば直ぐに引越荷物を受け取れる、などという事は言えない訳です。なので、様子を窺いながら教えてくれたのでした。

私が「いくらですか?」と訊くと、担当者は「実際に払ってみないと判りませんが、5万円以下で収まると思います。」という事でした。リーズナブルと言える金額です。

私が「領収書は貰えますか?」と訊くと、運送会社が"通関手数料"として領収書を発行してくれるとの事でした。経費処理も問題ありません。スペインやイタリアでは、この様な解決は不可能です。これがフィリピンのワイロの便利なところです。

こういった便利さは他にもありました。フィリピンで働く外国人は毎年、滞在許可と労働許可を更新する必要があります。その為には、イミグレーションオフィスに出向かなければならないのですが、そこに行くと、東南アジアからの出稼ぎ労働者に混じって、長時間待つ必要があり、あまり快適とは言えません。

私の場合は毎年、イミグレーションオフィスの係官2名が私の執務室まで来て、手続きをしてくれました。顧問契約している弁護士事務所がイミグレーションオフィスに依頼して、全て手配してくれていました。弁護士事務所はイミグレーションオフィスに対して、個別案件毎に支払いをするのではなく包括的な支払いをして、自分の顧客に対する特別なサービスを依頼しているものと推察されます。私の会社は弁護士事務所に顧問料を毎月支払うだけでした。

いろいろな場面に広くワイロが行き渡っているので、都度金額を交渉する手間を省くために、ワイロのタリフが決まっているケースもありました。

私が知っている例の一つは、通関における関税ボンドの扱いです。商業貨物を輸入する場合、輸入者は税関に預託金を納付し、後日関税・消費税等が確定した後に清算するのですが、保険会社の発行する関税ボンドを、この預託金に代える事が出来ます。保険会社に支払う保証料は、預託金の数パーセントと少額である事から、実務的にはほぼ100%のケースで関税ボンドが使われています。税関に一旦支払った預託金の返還を受けるのが難しいと予測される事も、関税ボンドが使われる一因です。

フィリピンではこの預託金に限らず、役所から還付を受けるのは困難です。フィリピンに工場進出して製品をフィリピン国外に輸出している日系企業は、フィリピン国内で仕入れをした際に支払ったVATの還付を受ける事が出来るのですが、税務当局がVAT還付申請を無視する為、実際には還付を受ける事は困難です。このように、役所に一旦支払ったカネは戻ってこないので、関税ボンドが好んで使われるのです。

輸入者は保険会社に保証料を支払い、保険会社が発行した保証証券(ボンド)を税関に提出します。保険会社は税関に提出される保証証券(ボンド)の保証料の一定割合を、手数料として税関に支払います。この手数料率は税関によって決められているのですが、ポイントは、税関には手数料を受け取る法的根拠が何もないという事です。これが"タリフ化されたワイロ"です。法的根拠が無い手数料ですから、領収書なども一切出ません。

こういったワイロのタリフ化は至る所に見られるようです。

1999年に発効した外国公務員贈賄防止条約に基づく不正競争防止法改正について、経済産業省の官僚が、マニラ日本商工会で説明会を開催した事がありました。


1977年、ロッキード事件等を契機に、米国は、外国公務員に対する商業目的での贈賄行為を違法とする海外腐敗行為防止法(Foreign Corrupt Practices Act)を制定しましたしかしながら同法は、企業賄賂という不正の抑制に有効に機能した一方で、米国の企業だけが規制を受けるのは公正ではなく、米国の国際競争力が不当に削がれる、との意見がありました。

その解決策として米国が他の国にも同じ法律を作るように求めたのが、外国公務員贈賄防止条約です。日本は1998年に不正競争防止法を改正し(1999年施行)、対応していました。つまり日本人がフィリピンにおいて、フィリピンの公務員に贈賄を行った場合、この法律で罰せられるという事です。

マニラ日本商工会での説明会は大盛況で、大勢の人々が詰めかけていました。質疑応答に際して、「フィリピンにおいては、ワイロがタリフ化されて、支払いを強要されるケースが多い。これらも全て外国公務員贈賄にあたるのか?」という質問が出ました。みんな興味津々で、経産省の官僚の回答を待ちました。

彼の回答は「贈賄とは、金銭を支払って特別な便益の供与を得る行為です。全ての人が一律に金銭を支払って、同じ便益の供与を得る場合は、贈賄とはなりません。」というものでした。みんなホッとしていました。

さて、「東南アジアで最も民主的な国、フィリピン」でも触れましたが、税関と並んで汚職の温床となり易いのが税務署です。私が勤務していた合弁会社にも、定期的に税務署の監査が入っていたのですが、私が税務署の監査官と面談する事はありませんでした。合弁パートナーの華僑の指示でそうしていたのですが、その理由は後で判りました。

私が着任して間もなく税務署の監査が入り、しばらくしてから監査結果が通知されてきました。なんとその内容は「申告漏れによる3百万米ドル(約3億円)の追徴課税」というものでした。指摘された申告漏れは、全く根拠の無い言いがかりでした。

私は大慌てで、すぐに本社に報告しようとしました。その合弁会社の規模は小さく、3百万米ドルという金額は、数年分の利益と同じだったのです。

ところがパートナーの華僑は「税務署と交渉するから、慌てなくても大丈夫だ。」と言うのです。交渉の結果、最終的な支払いは2万米ドルくらいになりました。ただしこの2万米ドルは領収書の無い支払いになります。出金はパートナー側でやってくれました。私からは敢えて詳細を聞く事はしませんでした。

私が監査官と面談しないよう指示された理由が、その時判りました。監査官とのネゴの場に日本人が出ると、カモだと思われてワイロの金額を吊り上げられるからだったのです。

日本人がカモと思われている事例が、他にもありました。これも「東南アジアで最も民主的な国、フィリピン」で触れた事ですが、他の発展途上国と同じく、フィリピンにおいても、警察はいわゆる反社会的勢力とイコールです。

その警察から私に直接電話がありました。電話の相手はPNPと名乗りました。Philippine National Policeです。

先方は私の名前を知っており「警察署のクリスマスパーティに寄付をお願いしたい」との事でした。私は「そういう事だったら総務課長に電話を回すので、そちらと話してくれ」と言って、電話を回そうとしたのですが、先方は「いや、フリントさんに個人的な寄付をお願いしたいので」と言って、私と話を続けようとします。どうも警察は、日系企業の駐在員のリストを持っていて、カモにするためにそこに次々と電話しているような感じでした。

これはヤバいなと思ったので「総務課長に電話を回します」と言って、先方が話をしてる途中なのに、構わず保留ボタンを押して、フィリピン人の総務課長に電話を回しました。

後で総務課長に確認したら、断ったと言っていました。こういう判断は日本人には難しいものです。

さて、長くなってしまったので、フィリピンの腐敗に関するお話はここで一旦終わりにします。また思い出した事があったら、第2弾をアップしたいと思います。政治家の汚職(腐敗)に関する話は、以前の投稿「東南アジアで最も民主的な国、フィリピン(前篇&後篇)」で説明していますので、良かったら併せてご覧下さい。それではまた。

本稿の関連動画を以下にアップしています。良ければご参照下さい。

https://youtu.be/q2ZfLwLNoeg

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ドイツ、インド、シンガポール、フィリピン、ロシアに、計17年駐在していました。今は引退生活を楽しんでいます。

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