ウォッカの正しい飲み方 ー ロシア人と酒の関係 ー

20/07/2021

ロシア

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今回は、ロシア人と酒の関係についてお話ししたいと思います。

本稿の関連動画を以下にアップしています。良ければご参照下さい。

https://youtu.be/H5hlPcV9A-M

節酒を勧めるソ連時代のポスター

ロシアの伝統的な酒といえば、やはりウォッカです。不良男子大学生が女子大生を酔わせるために使っていた、アルコール度数96%のスピリタスという特殊なウォッカが有名になって、ウォッカはアルコール度数が高いという誤解が広がってしまいましたが、実はウォッカの多くは40%です。

スピリタス

ウォッカが40%に落ち着くことになったのには、元素周期表を作ったロシアの化学者、メンデレーエフが関わっていると言われています。彼が最晩年に所長を務めたサンクトペテルブルグの度量衡研究所の外壁には、今でも元素周期表が掲げられています。

ドミトリ・メンデレーエフ

サンクトペテルブルク度量衡研究所 メンデレーエフ像と元素周期表

メンデレーエフは大変ウォッカが好きで、化学者として厳密に研究した結果、ウォッカの最もおいしい度数は40%と結論付けた、と言われています。ただ、この話はどうも後から作られた都市伝説のようで、実際にはメンデレーエフは関わっていなかったようです。いずれにしても、このような話があるくらいなので、一般的なウォッカの度数は40%です。

さて、世界一の販売量を誇るロシアンウォッカのブランドは、スミノフ(Smirnoff)です。ただしスミノフの本社はイギリスにあり、一般に流通しているものの大半は分家であるアメリカ産のものなので、ロシアでは殆ど流通していません。

スミノフウォッカ

このスミノフはカクテルに使用される事が多く、モスコミュールなどに使われます。モスコミュールを基に作られた、ボトルスタイルのスミノフアイスモスコミュールがポピュラーです。

スミノフアイスモスコミュール

ところがロシア人は普通、ウォッカを何かで割って飲む事はしません。常温ストレートで飲みます。日本人だと、ストレートで飲む時は冷凍庫でキンキンに冷やして飲んだりしますが、ロシア人の飲み方はあくまで常温でストレートです。

私が日本からの出張者と一緒に、モスクワ市内のウクライナ料理レストラン(タラスブーリュバ:Taras Bulba)に行った時、出張者は、グレープフルーツジュースを注文し、それにショットのウォッカを注いで、自分でソルティドッグを作って飲んだのですが、それを見たウェイトレスは、奇異な物を見るようにしていました。

タラスブーリュバ:Taras Bulba

日本の酒屋で一番良く見かけるロシア製ウォッカはストリチナヤ(Stolichnaya)です。実はこれはロシアでは安い部類のウォッカで、現地のレストランなどでこれを供するところはありません。何故あえて安物のウォッカを大々的に輸出しているのか、理由は不明です。

ストリチナヤ(Stolichnaya)

ロシアのレストランで一般的に供されているのはロシアン・スタンダード(Russian Standard)です。ロシア語読みでは「ルースキー スタンダールト」と言います。

ロシアン・スタンダード(Russian Standard)

これよりもうちょっと高級なベルーガも、良くレストランで見ます。ベルーガとは高級キャビアの名前です。その高級キャビアのベルーガに合うウォッカ、という意味があるようです。

ベルーガ

さて、しばしば「ロシア人は大酒呑み」と言われますが、一般のロシア人は、理由なく酒を飲む事はしません。日本人は私を含めて、毎日自宅で夕食を食べながら晩酌をするという人が一定割合いると思いますが、ロシア人にとっては、毎日飲む=アルコール依存症、という事になります。

但し、世界190の国と地域を対象としたアルコール依存症者の割合についてのランキングを見ると、ロシアは堂々3位にランクインしています。ちなみに1位はベラルーシ、2位はハンガリーで、日本は136位と優秀です。

ロシア人はアルコール依存症になりやすいから晩酌を自制しているのかもしれません。もしそうだとすると、それは体質的なものというよりも、文化的社会的環境でアルコール依存症になりやすいのだと思います。

私は2008年にモスクワに赴任したのですが、その時、仕事上のアドバイスを受ける為に、ロシア人の顧問を探していました。私が1990年代前半にロンドンで面談した事のある、当時のロシア国営企業の英国子会社社長がモスクワに戻っている事が判り、私の事務所まで来て貰いました。

彼はすっかり老けこんでおり、来訪は午前中だったのですが、震える手でポケットからウイスキーの小瓶を取り出すと、出された紅茶にドバドバとそれを注いで飲みました。15年前にロンドンで会った時は、バリバリの国際派ビジネスマンだったのですが、その後、そのロシア国営企業は破綻し、エリツィン大統領時代のルーブル危機などの混沌の中で、彼は酒に逃げるしかなかったのでしょう。

残念ながら仕事上のアドバイスを貰う事は無理そうな様子だったので、世間話をしただけで帰って貰いました。

さて話を戻すと、一般的なロシア人は理由なく酒を飲む事はしないのですが、一方で酒を飲むのは好きなので、理由を積極的に作ろうとします。以前のロシアに関する投稿「ソ連時代の一般的なロシア人の暮らし」でも説明しましたが、酒を飲む理由を作る方法の一つが、職場における誕生パーティーです。職場の誰かの誕生パーティーにかこつけて、午後4時くらいから、デスクの間の空いたスペースに椅子を持ち寄って、お菓子やスナックなどを食べながら酒を飲みます。

仕事でロシアの田舎に所在する企業を訪問していた知人(日本人)から聞いた話ですが、遠方からの来客も、酒を飲む理由になる由です。モスクワからはるばる外国人が商談にやって来る、というのは、ロシア人にとって立派な酒を飲む理由になる訳です。

例え訪問が午前中でも、応接に通されると、センターテーブルには大概、ウォッカの瓶とショットグラスが用意されていて、まずは乾杯、となるそうです。知人は、中国でのビジネスも経験していて、乾杯自体は中国の田舎で老酒が出て来るのと全く同じだと言っていました。ただし中国では、午前中から飲んだりはしないようですが。

前述の通り、ロシア人はウォッカは常温ストレートで飲みます。その際に使うグラスは、50ccのショットグラスです。このショットグラスになみなみとウォッカを注いで、一気に飲み干します。日本人が日本酒の熱燗を飲む時のようにちびりちびりとウォッカを飲むのは、マナー違反とされています。

50ccがどうしても多過ぎる時は、なみなみと注がずに、少しだけ注いで、それを一気に飲み干す、という手もあるそうです。ただし、そう教えてくれたロシア人は、「グラスに酒をなみなみ注がないと幸せが逃げる」とも言っていました。結局、50ccを一気飲みするしかないようです。

この、“グラスに酒をなみなみ注がないと幸せが逃げる”というのは、ワインにも適用されるようで、グルジア料理やアゼルバイジャン料理のレストランなどで供されるワインは、ワイングラスになみなみと注がれていました。

モスクワ市内のアゼルバイジャンレストラン

ロシア人の名誉のために付け加えると、私がいた当時のモスクワでも、裕福でお洒落な若いロシア人が既に多く存在していたので、高級レストランも多くあり、そういったところでは、大ぶりなグラスに少しのワインを注いで、上品に飲んでいました。

ちなみに、ソビエト連邦崩壊後のロシアでは、貧富の格差が大きくなったため、モスクワには一定数の金持ちが存在し、それらの金持ちのロシア人をターゲットにした高級レストランも多く存在しました。

ロシアの代表的なオリガルヒ(新興財閥)左から順にデリパスカ、アブラモビッチ、プロホロフ

そういった高級レストランの一つが、ニューヨークに本店のある日本食レストラン“ノブ”でした。ロバート・デ・ニーロがオーナーのレストランです。

日本食レストラン“ノブ”モスクワ店

その“ノブ”にロシア人が二人で来店してディナーを食べ、勘定がUSD20,000だった、という話がありました。金持ちのロシア人というのは、値段を見ないで注文するので、そのような金額になったらしいです。ちなみに、モスクワにもう一軒あった高級日本食レストランのオーナー(日本人)は、「日本人の客はケチで、メニューの値段を見るので、来てくれなくてもよい。」と言っていました。

実際、フォーブスのランキングなどを見ると、ランクインしているロシア人は日本人より多くいます。私が駐在していた当時、モスクワの街中を走っている高級車の数は、東京より遥かに多い印象でした。その時期に世界で一番ベンツSクラスが売れていたのはロシアでした。街の中心部にはロールスロイスの大きなショールームがあり、そこを訪れたロシア人が、八百屋で野菜を買うようにロールスロイスを買っていく、という事でした。

それらの若いセレブなロシア人は、生活様式も西欧化されていたようですので、酒との付き合い方も変わってきていたと思います。

さて、ロシア人と酒の関係についての話はここまでです。ソ連が崩壊してから既に30年が経過しましたが、欧米先進国の思惑が外れ、ロシアは中国と同様に独自の道を歩もうとしています。欧米諸国は、経済が発展すれば自動的に民主主義が根付くと考えていたようですが、そうはなりませんでした。ロシアが今後どうなってゆくのか、興味深い問題ですが、そのあたりは機会を改めて考えてみたいと思います。それではまた。

本稿の関連動画を以下にアップしています。良ければご参照下さい。

https://youtu.be/H5hlPcV9A-M

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ドイツ、インド、シンガポール、フィリピン、ロシアに、計17年駐在していました。今は引退生活を楽しんでいます。

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