野良牛と猿と神秘の国 ー インドよもやま話#1 ー

21/07/2021

インド

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今回はインドについて、お話ししたいと思います。まとまったテーマに沿って話をするのではなく、インドに駐在していた際に見聞きした話を羅列するような形で話を進めます。

本稿の関連動画を以下にアップしています。良ければご参照下さい。

https://youtu.be/502NW4T-pu4

私は1999年から2001年にかけて、ニューデリーに駐在していました。たった2年の駐在期間でしたが、インドの印象は強烈でした。1999年7月にニューデリーに赴任するまで、私はインドに行った事がありませんでした。インドに着任した時は、あまりの文化の違いに、「別の惑星に来たようだ」と思ったものです。

まず驚いたのは、Yes、Noの表現の違いです。首を縦に振るのが、万国共通のYesのゼスチャーだと思っていたのですが、インドでは違いました。

インド流の頷き方

首を左右に傾けるのです。これは1回だけでなく、継続して繰り返すので、頭頂部を左右にゆらゆらと振るような動作になります。当然顎は頭頂部と逆方向にゆらゆらと揺られます。軽く頷く場合は、首を1回だけ右か左に傾ける事もあります。ちょうど、ビートたけしのまねをする芸人のような感じです。

慣れないとNoとの違いが判りにくいのですが、Noは顔が横を向く動作を左右にするのに対して、インドのYesは正面を向いたまま、頭を左右に傾ける動作になります。

日本から出張者が来て、一緒にインド人とミーティングをした際に、その出張者が私に「なんでみんな否定的なんだ?」と聞いてきた事がありました。インド人は皆、インド流に頷きながら出張者の話を聞いていたのですが、彼には、皆が首を横に振って、否定しながら聞いているように見えたのです。

インドに着いて驚いた事のもう一つは、"野良牛”です。ニューデリーはインドの首都で、人口2000万人を超える大都会なのですが、街中には野良犬や野良猫を大きく上回る数の"野良牛”がいました。

ニューデリー市内の野良牛

これは、インドのマジョリティーを占めるヒンドゥー教で、牛が神聖視されているため屠殺できないからです。"野良牛”は野生の牛ではなく、乳牛や耕作に使われていた牛が歳とって使えなくなった為に、捨てられたものでした。

私の事務所はインドの名門ホテル「オベロイ」の中にあったのですが、その周りにも多くの野良牛がたむろしていました。東京のホテルオークラの周りに多くの野良牛がいるところを想像して貰うと、感じがつかめると思います。

インドの名門ホテル The Oberoi

ニューデリー市政府はその後、市内の美化のために、野良牛を集めてトラックに積み込み、郊外に運んで放したのですが、牛を市内で集める為に「牛を連れてきたら1頭あたり2000ルピー(約3000円)払う。」と言ったそうです。

そうしたら、牛を捨てた元の持ち主が、自分の牛を捕まえて連れて来たので、あっという間にニューデリーじゅうの牛が集められたのです。そのため、私が2008年に出張でニューデリーに行った際には、野良牛は全くいなくなっていました。

しかし、猿はまだいます。ニューデリーの街中には、複数の野生の猿の群れが住んでいます。猿の種類はニホンザルと同じだと思います。大分の高崎山の猿の群れが、ニューデリーの街中にいると考えて下さい。

ニューデリー市内の猿の群れ

私は着任直後にインドの大蔵省に挨拶に行ったのですが、大蔵省の入口のそばに数十匹の猿の群れがいたので、それを避けながら建物の中に入りました。大蔵省は、英国統治時代にはインド総督府だった大統領官邸と、インド門の間にあり、その一帯は官庁街になっています。霞が関の財務省前に猿の群れがいるのをイメージして貰えれば、感じが判ると思います。

ニューデリーのインド門

大統領府

インドが特別な感じがするもう一つの点は、その神秘性です。

ある時、日本商工会の定例会の後だったと思うのですが、ホテルのロビーでニューデリーに所在する日系進出企業の代表者10人くらいが集まって話をしており、 私もそこに参加していました。その中に、日本の大手商社インド現地法人の社長経験者で、帰任してから日本の本社で顧問をしている人が出張で来ていて、参加していました。

その人が、「昨夜、車に乗っていて、野良牛にぶつかったら、その牛が急に、自動二輪に乗ったインド人家族に変わった。」と言いました。ちょっと説明を加えると、インドでは移動手段として自動二輪が普及しており、お父さんが運転する自動二輪にお母さんと子供二人が乗っている、などという光景を良く見ました。

自動二輪で移動するインド人家族

また、その人が乗っていた車とは、会社が所有している運転手付きのベンツです。その人は、牛が自動二輪に変わった瞬間に、運転手に「見たか?」と聞き、運転手も「見た。」と答えたそうです。

当時のインド製ベンツEクラス(イメージ)*実際は右ハンドル

その話を聞いていた大手邦銀のニューデリー支店長が、「我々の前では問題無いですけど、その話は、日本ではしない方が良さそうですね。」と言いました。

その場にいたのは、インドに傾倒したバックパッカーの若者などではなく、日本の一流企業のインドにおける代表者で、常識のある大人ばかりだったのですが、牛が自動二輪に変わった話を聞いても誰も、その話をした人物を”異常な人”とは思わなかったという事です。

このインドの神秘的な雰囲気というのは、インドに住んだ事のある人にしか理解されないかもしれません。えも言われぬ独特の雰囲気があると思います。

このインドの神秘性を表す典型例に、「アガスティアの葉」があります。アガスティアの葉とは、紀元前3000年頃に実在したとされるインドの聖者アガスティアの残した予言を伝えるとされる葉の事です。

聖者アガスティア

アガスティアの葉

南インドのいくつかの寺院で保管されていて、その寺院を訪ねて行くと、自分の過去、現在、未来が古代タミル語で書かれた葉を探し出して来て、その内容を教えてくれるそうです。

アガスティアの葉が保管されている南インドの寺院のひとつ

アガスティアは、将来誰がその寺院に葉の内容を聞きに来るかを判っていて、訪ねて来る人の葉を全て用意したので、訪ねて行けば必ず自分の葉が出てくるそうです。ただしその葉を探すのに時間がかかるので、場合によっては何日も待たされる事がある由です。

私の知人(日本人)は、その寺院に行って、自分の葉を見て貰ったそうです。過去と現在は当たっていたとの事です。未来をどう言われたかは、教えてくれませんでした。

葉の最後には、死後の来世についても、書いてあったそうです。インドの輪廻思想ですね。私の知人は「来世は、インドのベンガル地方に生まれる」と言われて、ガッカリしていました。

ちなみに、この輪廻思想と、仏教でいう”解脱”は、大いに関係があります。解脱とは、輪廻を終える事、つまり生まれ変わらなくなる事です。インド人にとって生きる事は辛く苦しい事なので、それを止める事が、救われた境地と考えられたようです。

輪廻転生図

仏陀の解脱の図

確かに、スラム街などで暮らす大勢の貧しいインド人や、路上の乞食などを見ると、生きる事は辛く苦しい事、というのは判る気がします。

インドの乞食

もうひとつ、私達に判りにくいインド人の特徴は、”穢れ"に対する感覚です。ここでいう“穢れ”は、衛生上の問題ではなく、おそらく宗教やカースト制度を源流とする、心の問題、感覚的な問題です。

日本でも、神社に参拝する前に、衛生上の問題とは全く関係なく、手水舎で両手を清めて口をすすぎますが、インドで言う“穢れ”も、これと全く同じです。

富岡八幡の手水舎

例えば、インドでは左手は不浄です。インドでは、トイレに行った時に左手で拭くから不浄、という説明がされる事もありますが、今では一定レベル以上のインド人は、そんな事はしていないと思いますので、必ずしもそれが理由かどうかは判りません。

多くのインド人が、左手に対してある種の「穢れ」を感じているので、そのように振る舞うものと思います。これは感覚的なものなので、理屈では説明が出来ません。左手が右手と同様に清潔である、または右手と同様に不潔である事を、論理的に説明しても意味が無いという事です。

私は、多くのインド人が右手だけを使って食事をするのを見ました。右手の親指、人差し指、中指の3本の指を使うのが、彼等の伝統的な食事の方法で、指先だけを使って上手に食べます。ちょうど日本人が指で寿司を食べるのと同じような感じです。

右手だけを使って食事をするインド人

今では多くのインド人がフォークやスプーンを使って食事をしますが、ナイフを使わずに、右手にフォークだけを持って食事をするインド人を、多く見かけました。そういった場合は、左手はテーブルの下に入れて、右手だけを出して食べる事が多いようです。左手は不浄なので食事に使わないのです。

もうひとつ特徴的なのは、人に物を渡す時には必ず右手で渡す、という事です。自分の右側にいる人に物を渡す時は問題ありませんが、左側の人に渡す時にも、左手を使わずに必ず右手を使います。

私も、インドに住んでいる間は、ずっとこれを意識していましたので、インド離任後に普通に左手を使えるようになるまで、少し時間がかかりました。当然ですが、インドには左利きの人は殆どいないそうです。

さて、インドについて思いつくままに話をしてきたのですが、思いのほか長くなってしまったので、今回は一旦終わって、また続編をやろうと思います。次回はベジタリアンとノンベジタリアンの話、インドのマクドナルド、インド人が蚊を殺さない話などをするつもりです。それではまた。

本稿の関連動画を以下にアップしています。良ければご参照下さい。

https://youtu.be/502NW4T-pu4

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ドイツ、インド、シンガポール、フィリピン、ロシアに、計17年駐在していました。今は引退生活を楽しんでいます。

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