今回は、私が初めて海外駐在したドイツについてお話ししたいと思います。
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私がドイツに赴任したのは1991年でした。ソ連崩壊の直前です。既に東西ドイツは前年の1990年に統合されていましたが、まだユーロは導入されておらず、通貨はドイツマルクでした。
私が住んでいたのは、ドイツ北西部に位置するノルトラインヴェストファーレン州の州都デュッセルドルフです。ノルトラインヴェストファーレン州が誘致に積極的だった為、デュッセルドルフには多くの日系企業が進出していました。
地方分権の歴史が長いドイツでは、各種の機能がいろいろな都市に分散しており、一極集中を避ける事に成功しています。これがドイツ人のQOL(生活の質)の向上に、大きく寄与していると思います。
さて、海外で仕事をしていると、外国人のいい加減さにうんざりする事は良くあります。約束の時間を守らない、整理整頓をしない、ルールを守らないなど、ラテン系の国々や南アジアなどが典型例ですが、その他の国々も多かれ少なかれ、同様の傾向を持っています。
唯一の例外がドイツです。ドイツ人は日本人よりも生真面目で几帳面です。ドイツ人と日本人の間だけで通じるジョークに「次はイタリア抜きでやろうな」というのがあります。第2次大戦の3国同盟では、典型的なラテンの国であるイタリアだけが、ドイツと日本から見ると異質なのです。ドイツ人にとっても、几帳面な日本人は、そりが合うようです。
実際に、いい加減なイタリア軍は第2次大戦中に相当ドイツ軍の足を引っ張りました。
ラテン系の人とドイツ人は相性が悪いようで、ミュンヘンで1年間の研修を受けた経験のあるフィリピン人の知人は「ドイツ人は大嫌いだ」と言っていました。
几帳面なドイツ人の性質の中でも、整理整頓好きは、日本人を大きく上回っています。ドイツ人が小学校に入学して、最初に習うのは、自分の持ち物の片づけ方だそうです。アルファベットや数字などを習う前に、筆箱は机の引き出しのここに置く、ノートと教科書はここ、などと習う訳です。
そんな背景があり、ドイツ企業のオフィスはどこも整理整頓が行き届いており、ファイリングなどもきちんとしています。
このキレイ好きは街並にも反映しています。街並をキレイに維持するための、各種の法律や規則が存在するので、店の看板なども自由に出せません。日本や他のアジアの国々の、看板が乱立する街並は、ドイツにはありません。ただしこの街並の維持は、ドイツほど厳しいかどうかは別にして、欧州全般に言える事なのですが。
街並の維持は住宅街も同じです。私を含めて多くの日本人は、ヴォーヌング(英語のフラットと同じ)と呼ばれる低層のアパート(日本で言う低層マンション)に住んでいたのですが、私が住み始めた時、他の日本人から「窓ガラスとカーテンをいつもキレイにして、窓辺の作りつけのプランターの花を絶やさないように手入れをしておかないと、近所のドイツ人から注意されるから気を付けて。」と忠告されました。
この、人に注意する事を厭わないのも、ドイツ人の特徴の一つです。
ドイツでは、広い歩道が歩行者用と自転車用に区分けされており、歩行者用にはグレーの、自転車用には赤の敷石が敷かれています。うっかり赤の敷石の方を歩いていると、すぐに周りのドイツ人から「そっちは自転車用だ」と注意されます。
私は、赤の敷石を避けて歩く事がくせになってしまい、帰任してから少しの間、日本で赤の敷石の上を歩くたびに心の中で「ここは日本だから大丈夫」と確認していました。
さて既にお話しした様に、ドイツのオフィスはキレイに整理整頓されているのですが、それに加えて、労働基準法で様々な規則が定められていました。オフィスにおける従業員一人当たりの最低面積が決まっており、そのためデスクはどこでも相当ゆったりと配置されていました。また、一部屋に勤務する人数も少なく制限されており、日本的な大部屋にデスクで島を複数作るなどという方式は許されませんでした。
更にこれは規則ではありませんが、通常課長以上は個室を持っていました。日本人管理職は部下を見張っていたいという気持ちが強いのか、敢えて個室に入らずに大部屋にデスクを持つ事を好む傾向があります。日系企業の中には、ドイツの労働基準法の規則を充足しつつ、実質的には大部屋で全員が見渡せるように、内壁を全てガラス張りにした事務所を作るところまでありました。
これらの労働基準法規則の背景には、仕事をしている時に極端に集中するという、ドイツ人の特徴的な仕事のやり方があります。
よく外国人が「日本人は”Long Worker”だが”Hard Worker”ではない」と言います。多くの日本人は、上司と同じ大部屋で、同僚とデスクを接して仕事をしています。そして”上司が帰るまでは帰れないなあ”などと考えながら、机を接している同僚と、半分世間話のような仕事の話をしていたりします。
ドイツ人はオフィスでは全神経を集中して仕事をするので、他の人の電話の話し声など、周囲の雑音を押さえる為に、距離を取れる床面積を定め、かつ一部屋の人数を抑えるのです。騒音を抑えるという観点から、コピー機、プリンターなどは別の部屋に置かなければいけないと定められています。
そのかわり、彼等は定時でさっさと帰ります。万が一、仕事が終わらない時は、早朝出社する事が多いようですが、基本的には時間内に仕事を終わらせます。
昼休みは30分で、社員食堂があるところはそこで食べますが、そうでなければ家から持ってきた軽食をデスクで食べるだけで、オフィスの外のレストランに行く事は通常ありません。また、金曜日は労働時間が短く、私の事務所では午後3時までとしていましたが、工場などでは午前中のみが普通でした。ドイツ人はそうやって集中して働く事で、短時間労働で高い生産性を達成しています。
もう一つ、彼等の短時間労働に一役買っているのが「トップダウン」です。
多くの日本企業では、仕事の大きな割合を、社内用の資料作成が占めます。体質の古い会社ほど内向きの仕事が多く、役員会用の資料作りの為に多くの人と時間が費やされたりします。これはキレイな言葉で言うと「経営陣が現場の意見、情報を吸い上げて判断する」という事になります。
一方ドイツ企業では経営陣の独断専行が多く見受けられます。日本企業から見ると”危なっかしい”という事になるのですが、そう言う日本企業はリスクを取る事を避けるあまり”石橋を叩いて壊す”ような事をします。
それに比べるとドイツ企業は、無駄な時間を省いて経営陣が独断専行し、問題が起きたら都度対応する、というやり方で、素早く動きます。”走りながら考える”というやつですね。日本でも最近”アジリティ”という言葉がはやっていますが、流行っている割には、実際に出来ている日本企業は少ないですね。
このドイツ企業のトップダウンの背景には、経営層とそれ以外の従業員が分かれている事が関係しているように思います。当時のドイツにおける大学進学率は20%ぐらいで、企業の従業員の大半は大学卒ではありませんでした。ドイツの国立大学は授業料無料で、無料の学生寮もあり、奨学金制度も充実していたので、大学に進学した人は、大学院まで進んで博士号を取得してから、30歳近くなって就職するのが普通でした。
彼等は下から叩き上げるのではなく、初めから経営層として入社するので、経営層と現場は入社時から別れているわけです。但しドイツでも学制の変更などがあり、最近では大学進学率が40%くらいまで上がってきているようなので、これからは状況が変わるかもしれませんが。
ここまでお話ししてきたのは、私がドイツに住んでいた90年代前半の状況なのですが、大学進学率の他にも、それから変わっている事があると思います。
当時のドイツ人年長者は、若者の”ラテン化”を良くこぼしていました。本当にその後、人々のラテン化が進んで、ドイツ人の几帳面さが失われてしまったのかどうかは判りませんが、私が住んでいた当時と今のドイツの決定的な違いとしてはっきりと言えるのは、ドイツ人の英語力向上です。
ドイツ人の英語力が向上した理由の一つは、EU統合により欧州各国の人々がこれまで以上に行き来するようになった為、共通語としての英語の必要性が増したからではないかと思います。私がドイツに着任した1991年当時、ドイツの街中では英語が殆ど通じませんでした。英語が通じたのは、空港、ホテル、日本食レストランなど、限られた場所だけでした。私はドイツに赴任するまで、全くドイツ語を勉強していなかったので、当初は戸惑う事ばかりでした。
着任早々、自宅で使う食料品などの買い出しに、街の中心部にある大手デパート(Karstadt)の地下の食品スーパーに行きました。
そこで砂糖を買おうとしたのですが、ドイツ語で砂糖を何というのか判りません。それらしいものが店頭にあるのですが、ドイツ語の表記しかないので、理解出来ません。もしかしたら塩かなにか、他のものかもしれないので、通りかかった店員に「これは砂糖ですか?」と英語で尋ねました。
ところが店員は英語を全く話さないだけでなく”Sugar”の意味すら判りません。周りの他の店員に聞いて回ってくれたのですが、だれも”Sugar”が判りません。結局その日は砂糖を買えませんでした。日本のイトーヨーカドーやイオンのスーパーで、「シュガー」と言って通じない事は、まず無いですね。当時のドイツ人は、日本人よりも英語が出来ませんでした。
ところが、2010年に出張でドイツに行った際には、駅なかのコーヒースタンドの店員の女の子でも、流暢な英語で対応してくれました。
ドイツ語も英語も起源はラテン語ですから、文法的にも近く、似た単語もたくさんあります。その気になれば、すぐに上手くなる訳です。日本人は英語に関して、大きなハンデを背負ってると、改めて感じました。
買い物の他にも、レストランにドイツ語のメニューしかない、ウェイトレスがドイツ語しか話さない、タクシー運転手がドイツ語しか話さない、駅構内の表示とアナウンスが全てドイツ語、など、ドイツ語が出来ないと日常生活に大変支障があったため、私も着任してすぐに、ドイツ語のレッスンを受けました。
毎週土曜日の午前中のみ、3カ月くらいレッスンしたら、買い物他の日常生活に必要な片言のドイツ語は話せるようになったので、そこで止めてしまいました。仕事は英語で出来たので、それ以上ドイツ語を勉強するモチベーションが働かなかったのです。
さて、ドイツについての話はここまでです。ドイツ人というのは極めて優秀な人達だと思うのですが、それが何故2度の大戦で大負けする事になったのか、不思議です。日本の敗戦の理由と共通する部分と、違う部分が混在しているようにも思います。そのあたりは機会を改めて考えてみたいと思います。それではまた。
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